福島にも「熱海」が、ある。

そうなのである。
「熱海」といえば、今も根強い人気がある静岡県の温泉地のことが、まず頭に浮かぶ。「いいよなあ、ちょっと熱海にでも行きてぇよなぁ」という場合の「熱海」は、たいていこの、静岡県熱海市だ。

その熱海と同じ地名が、福島にもある。郡山からほど近い場所にあって、その名は、“バンダイアタミ”という。カナで書いちゃうとなんだか、「バンダイナムコゲームス」的な、バンダイの関連グループのようだが、「磐梯熱海」と書きます。「磐梯」は言うまでもなく、この地方を指す言葉だ。
しかも、このあたりを通りかかったときに、「ようこそ 磐梯熱海温泉へ」といった看板も誇らしげに掲げられているのを見た。地名だけでなく、“温泉”というところまでキャラかぶりなのか。

静岡のほうの熱海は、温暖な気候に恵まれた地域であるいっぽう、このあたりは冬場の積雪量もそれなりに多い寒い地域。気候的にはずいぶんかけ離れている両都市が、どうして「熱海」という、同じ地名を名乗るに至ったのだろうか。

「福島の『磐梯熱海』の名前は、静岡の『熱海』からつけられているんですよ」

福島の歴史に詳しい、ある郷土史家の方が教えてくれた。偶然同じ地名になったのではなく、福島版・熱海は、静岡の熱海がもとになって成り立っていたのである。


この磐梯熱海温泉が出来たのは、今から800年ほど前のこと。前出の郷土史家は言う。
「源頼朝の家臣だった、伊東祐長という人物がこの地を治めることになったんですが、その伊東の出身地が、静岡の熱海だったので、それにちなんでつけられたということなんです」

たとえば、和歌山から海を渡ってやってきた人が多くいた、千葉の「勝浦」や、兵庫の姫路から多くの職人が連れてこられたからついた、大分県中津市の「姫路町」とか、別の地域からやってきて、かつて自分がいた土地の名を付けることは、珍しいことではない。磐梯熱海の場合は、ちょうどいい温泉もあったわけだし。伊豆からこの地にやってきて、自分の故郷を懐かしむために付けた名前としては、「熱海」という名がふさわしかったのだろう。

ちなみにこの磐梯熱海温泉、南北朝時代に美しい姫の難病がたちどころに治ったという言い伝えから、「美人の湯」としても知られている。

こっちの「熱海」も、なかなか魅力的な感じです。
(太田サトル)
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