「香川の雑煮は、“あん餅”が入った『あん餅雑煮』である」
そんな話を聞いて、並々ならぬ衝撃を受けた。しかも、うまいらしい。

味噌とあんこ。うまいとかまずいとかよりも、「本当にそんな雑煮が!?」という気持ちが先に立つ。
だって、「白味噌ベースの汁に、大根、人参、そして“あん餅”が入っている」なんて、俺の雑煮感を根底から覆しているぜ。
これはぜひとも自分の目で見て、自分の舌で味わってみたい。東京で、あん餅雑煮を食べられる場所はないのか……!?

あった。新橋にある「香川・愛媛 せとうち旬彩館」である。
2Fのレストラン「かおりひめ」では、年明け期間限定(2010年1月4日〜15日)であん餅雑煮が食べられるらしい。さっそく取材に伺い、あん餅雑煮についていろいろ聞いてみた。

担当者の話によると、そもそもあん餅雑煮は香川でもっともメジャーな雑煮であるものの、一部の地域では、あん餅雑煮と白餅の雑煮の割合がほぼ同じであったり、小豆島にはあん餅雑煮の文化がないなど、必ずしも全域で親しまれているわけではないらしい。また、塩味のあんこを使った“塩あん餅”のあん餅雑煮も、ごく一部で食べられているという。

で、そもそも何で“あん餅”なんすか……?
「それはですね、香川の特産“和三盆”に秘密があるんです」
え、和三盆って京都のものじゃないんですか?
「ええ。よく誤解されるんですが、和三盆は香川生まれの砂糖なんです。
江戸中期の頃は、砂糖というと黒砂糖がメインで、白砂糖は高級な輸入品に頼っていたんですね。そんな中、高松藩が和三盆、つまり白砂糖の生産法を編み出し、特産品にしたんです。もちろん、国内生産で価格が抑えられたとはいえ、高級品ではあったようですが」
なるほど。

「……というわけで、高松藩の農民が砂糖を作るようになったのですが、やはりほとんどは役人に納めていたようです。でも、正月くらいは自分たちも贅沢品である砂糖を食べたいと思いますよね。ほとんどの庶民が正月に食べていたのは、和三盆の原料糖“白下糖”だったようですが、とはいえ藩に納めるために作っている砂糖を、おおっぴらに食べるわけにもいかない。そこで、あんこにして、雑煮のお餅にくるんで食べた……。これがあん餅雑煮の始まりとも言われています」
はぁ。でも、役人のチェックが入ったりはしなかったんですか?

「ええ。そこで、役人のチェックが入ったとき用に、塩入りのあんこを包んだ“塩あん餅”も作っていたという話もありますね。“塩あん餅”のあん餅雑煮があるのも、このようなことが関係しているのではないかと考えられます」
なるほど~、あん餅雑煮や塩あん餅には、そんな背景があったんですね!

ちなみにあん餅雑煮には、金時人参という、香川特産の人参を使うことが多いそうだ。金時人参は普段私たちが目にする人参とくらべると、長くて赤みが強いのが特徴で、冬に旬を迎える。
この金時人参と、同じく冬が旬の大根を入れると……。
そう、おめでたい紅白のコントラストができあがるのだ。
丸いあん餅、そして金時人参&大根の紅白。“あん餅雑煮”が、正月を強く意識した、おめでたい雑煮であることがわかる。

てなわけで、ひと通りあん餅雑煮の説明を受け、期間外ではあるが、特別にあん餅雑煮を食べさせていただいた。
まず汁をすすってみると……。うん、やさしいいりこだしと、上品な白味噌のハーモニーが素晴らしいじゃないの。はたしてこの味に、あん餅がマッチするのだろうか。
若干緊張しつつ、いよいよあん餅を口に運ぶ。

……んま~い!
きっちりと甘みのきいたあんこ、ねっちりとしたお餅、そして白味噌のまろやかさが一体となって、意外なほどにマッチしている。よく考えたら、“味噌あん”なんてものもあるわけで、案外あんこと味噌の相性はいいみたいだ。
合間に人参、大根を口へ運ぶと、ほどよいお口直しの様に感じられ、これまたナーイス。
あん餅を食べないと、普通の味噌汁のような感覚だが、あん餅を食べたときだけ特別なハーモニーが生まれる。これがいつの間にかクセになっているようで、あん餅を食べ終えた後、お雑煮の汁をすすったときには、何だかちょっぴり淋しい気持ちになってしまったぞ。

ホント、目からウロコとはこういうことを言うのだなと思いました。自分が知らない郷土の文化に触れるというのも、よいものですね。
あん餅、いりこだし、白味噌など、なかなか手に入りにくい食材を多く使うあん餅雑煮だが、ぜひとも一度は味わってみてほしいものである。
(新井亨)
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