――そういえば『ミミア姫』はなぜ人間の世界ではない場所が舞台なのですか? 人間の姿(羽のない姿)のほうが「神さまの子」と設定されたのはなぜですか?
田中 作家には事前に隅から隅まで固めてから書くタイプもあれば、書き進めながら考えるタイプもあります。
僕は後者の描きながらタイプなので、先にイメージや言葉や出来事が来て、その意味を後から必死で考えます。そのイメージや言葉や出来事が本物かどうかを感じ分けるのに集中します。正しいものが見えるまで何度でも描き直します。巨岩の奥にきっとあるはずの作品の正体を少しずつ掘り出していく感じです。
光の羽根の意味も、何故ミミアだけにそれが無いのかも、この作品に取り組んだ7年間ずっと考え続けました。
――独特なマンガへの向かい方ですね。『愛人』『ミミア姫』のみならず、田中ユタカ作品は絵と言葉のバランスが非常に特徴的だと思います。なぜこのような手法を取られたのでしょうか。
田中 マンガにはマンガでしか達成できない表現があります。重要なのは、その違いを感じ取れる読者がちゃんと大勢いらっしゃるということです。
マンガは映像や演劇に比べるとより個的なコミュニケーションだと感じています。それがたとえ大部数刷られた作品だったとしても、本を開いた時は1対1の個人と個人の魂の深い部分でのコミュニケーションです。
マンガは紙にインクで描かれただけの情報量の少ない絵と少しの言葉、たったそれだけで読者の最も深い部分に触れようとします。読者の想像力に届くことを試みます。描かれていることよりも、描かれていないものが出現するかどうかが重要だと思います。
――そういえば作中では「生命」「生きる」ということを度々テーマに出していますが、こだわりのようなもの、または「これは伝えたい」というものはあるのでしょうか?
田中 予め「これは伝えたい」というテーマが明確に見えているわけではなく、これもまた描き進めながら探っていくという感じです。『ミミア姫』だってもっと娯楽的なファンタジー作品を作るつもりもあったのですが、描いているうちにああなりました。
「生命」「生きる」ということについて言えば、「生きる」に僕はあまり価値があると感じられなくなっています。とりわけ今は「生命」とか「生きる」は誰も反対できない、特に深く考えなくても、とりあえず肯定される言葉です。それでは作品の主題として設定するには不十分だと感じます。作品はもっとこの世の果てに行かなければと考えます。
「生きる」を超えなければ。
『ミミア姫』は「生きる」を超えるところを目指すことになりました。
――「生きること」と「幸福」は簡単に見つけることが難しいものですね。
田中 そうですね。「幸福」もまた反対されにくい言葉ですね。とりあえず肯定されるということは却って本質が見えにくくなると感じます。
――『愛人[AI-REN]』が生命というテーマに向かい、さらに生の向こうを描いた『ミミア姫』には驚きました。また『愛しのかな』は死からストーリーが始まっています。生まれること、死ぬことがテーマの一つだと思いますが、「死」についてどう捉えられているのでしょうか。
田中 僕の読者の方には重い病気の方、そのご家族、親しい方を亡くされた方、亡くされようとしている方がいらっしゃいます。
死んでしまいたいと泣いている方がいます。それでもがんばっている方がいます。
どんな人の人生も他人が解ったフリをしてあげることさえ出来ないほど重く掛け替えのないものです。
そういう方たちに対して自分は何か描くことが出来るのか、描く資格があるのか、それを考えると本当に怖いし、いつでもいまでも怖いです。
僕のマンガはなにか立派な言いたい事を伝えたいのではなく、自分がいま読者に見せてあげられるもの、語ることの出来ることの限界の限界を目指して、一生懸命描いていたらこういう作品になったというだけです。
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何故マンガを描くのですか?という質問に僕が一番率直に答えるとしたら、
誰かを愛したいからです。
他の方法ではなかなか上手く愛することが出来ないのです。
誰かを愛したいです。
(『ミミア姫』第3巻あとがきより)
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「戦車で踏み潰されても殺されないもの」を描きたいです。
「どんなに殺されても消えないもの」を描きたいと願います。
(『ミミア姫』第3巻あとがきより)
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――漫画を通じて今後、何を描きたいと思っておられますか?
田中 次回作という意味ではもちろんいろいろ考えてはいますが、具体的にはまだ。
例えば、リアリズムの長編作品にも挑戦してみたい気がします。幽霊もお姫さまも登場しない現代の日本を舞台にしたリアリズムの長編作品。あるいは、しっかりした娯楽作品にも一度は挑戦したいですね。実際にはわからないですけど。
――出版の形態もケータイや電子書籍など視野に入れておられるようですね。
田中 帯コミックや電子書籍は紙の本の「代替物」ではなく新しい別の表現です。「めくり」や「引き」などの書籍の形ならではの演出術に特化したマンガ家だからこそ「別物」だと明確にわかります。携帯コミックや電子書籍でしか達成できない表現を見つけたいです。ド新人に戻ったようなワクワクを感じています。
――最後、読者に一言お願いいたします。
田中 『ミミア姫』に寄せられる読者からの反応に、いま僕は心から感動しています。
『ミミア姫』は決してわかりやすい手軽なマンガではありません。そんな困難な作品を、読者おひとりおひとりがご自身の心で真摯に読んでくださっていることに、本当に感動します。ありがとうございます。
作品は紙の上ではなく、読者の心の中に生まれます。よくある言い方ですけど、作者の偽らざる実感です。
おかげさまで、お姫さまは無事に旅立つことが出来ました。
これから先、読者の心の中で新しい物語として生きてくれることを作者は願います。この作品を描いて良かったです。
ご縁があれば、また新しい作品でお会いしましょう!
どうぞ、お元気で!
人間の生きる歓喜の声と哲学を描きあげる田中ユタカ氏の作品は、一冊一冊が情熱に満ちています。『ミミア姫』『愛人[AI-REN]』『愛しのかな』などの作品をはじめ、数多くの過去の美少女コミックも読み終わった後に心に余韻が残るものぞろい。入手しづらいものも電子書籍で読むことが出来ますので、興味がありましたら是非読んでみることをおすすめいたします。(たまごまご)
田中ユタカプロフィール:1992年デビュー。人間の純愛を描き、多くの読者に支持された。
田中ユタカのページ(公式サイト)
twitter/田中ユタカ