映画ジャンルは“時代劇”、主人公は武士。ただし、刀をふるう殺陣のシーンは出てこない。
どころか、映画館内には“そろばん”を弾く音が響き渡る……。「あれ!? ちょっとテイストが違うぞ」なんて思ってしまう作品。それが『武士の家計簿』

映画『武士の家計簿』の舞台は幕末から明治。加賀藩・前田家で代々御算用者を務める猪山(いのやま)家3世代を描いたもの。「御算用者=ごさんようもの」とは、今で言う会計処理の専門家を指す。“そろばんバカ”といわれるほどの算術の腕前を持つ「直之」(堺雅人)を主人公に物語は展開していく……。

監督は森田芳光氏。原作は、歴史学者の磯田道史著『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮新書、2003年刊)。そもそもは、磯田氏が古書店の販売カタログで、家計簿が含まれた猪山家文書を見つけたことから本書が誕生した。この家計簿には、江戸時代の1842年から明治の1879年まで、なんと約37年分の猪山家の“台所事情”が記録。内容は日々の買い物や、親戚付き合い、子供の養育費、冠婚葬祭まで、詳細に記載されている。
まんじゅう一個の値段さえ付けられているというから驚きだ。
本書のはしがきに、磯田氏が古書店で問題の家計簿に“出会う”ときの様子が書かれているのだが、当時の興奮が伝わってきて、こっちまでワクワクしてしまった。

本書では、猪山家の総収入も現代価値に置き換えた値段とともに紹介されている。当時、父・信之と直之の年収はあわせて約1200万円と、現代からみると「けっこう裕福なのでは?」と思ってしまうけど、借金が2倍の約2400万円。町人、親類や藩役所など16カ所から借りていて多重債務の苦しみ。しかも当時の利息は18%が当たり前で、利子を払うだけで年収の3分の1がもっていかれるというありさま。
本書に書かれていた、直之の小遣いが月に5840円だったというのも泣けてくる。

でも、どうしてそんなにも借金があったのか。
その大きな理由が、磯田氏が「身分費用」と呼んでいるもの。「身分費用」とは、家来・使用人を雇う経費、親戚や同僚との交際費、冠婚葬祭や年中行事に関連した贈答のやりとり、子供の儀式行事をとりおこなう費用など、「武士身分としての格式をたもつ」ためにどうしても必要とされる経費のこと。猪山家は、出世をすればするほど、借金がかさんでいくといった悪循環に陥ってしまっていた。

「このままでは破産する」と危機を感じた直之は一大決心をする。
それは、茶道具・着物から書籍、弁当箱!? まで、家財を徹底的に売り払い、家族全員で質素倹約につとめていくといったもの。本書の元となった家計簿はこのときより記録されたものだ。

題材が題材だけに、映画もけっして派手な作品ではないのだが、一大決心のあっぱれぶりや、創意工夫と知恵を絞って家族が倹約生活を乗り切っていく様、直之の刀ならぬそろばん片手に猪山家を守っていく姿にグッときました。

この『武士の家計簿』は12月4日から全国ロードショー(石川県で11月27日より先行ロードショー)。原作・映画ともに是非チェックしてみてほしい。
(dskiwt)
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