和歌山県・太地町のイルカ追い込み漁を取材したアメリカのドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)の日本での公開をめぐり、激しい議論が巻き起こったことは記憶に新しい。5年ほど前には、ロシア人映画監督、アレクサンドル・ソクーロフが終戦前後の昭和天皇を描いた劇映画「太陽」について、やはり日本で公開されるかどうか話題となった。


「ザ・コーヴ」と「太陽」が議論を呼んだのは、それぞれイルカ漁と昭和天皇という、日本ではいわばタブー視されるテーマを含むものであったからだ。ただし、結果的にいずれの作品も日本公開が実現している。

これに対して、監督以下、主要スタッフの大半はアメリカ人ではあるものの、ほかならぬ日本のとある作家をテーマに、日本人の俳優が日本語のセリフで演じているにもかかわらず、完成後25年経ったいまでも日本での上映が実現していない映画が存在する。そのタイトルは、「Mishima: A Life In Four Chapters」……そう、三島由紀夫の生涯を描いた作品だ。日本での公開が実現していないのは、三島の遺族(とくに三島夫人)が許可しなかったからだとされる。

その“幻の映画”「Mishima」を、私が初めて観たのは4年前だっただろうか。東京・野方の駅前にあったレンタルビデオ店で、たまたま同作の輸入盤ビデオを見つけたのだ。そのときの印象は鮮烈だった。あまりにも面白くて、返却前にもう1回観かえしたほどである。以下、当時のメモを参考にしつつ感想を記してみたい。

度肝をぬく映画美術
この映画を構成する「1.beauty(美)」「2.art(芸術)」「3.action(行動)」「4.harmony of pen and sword(文武両道)」という4つのチャプター(4幕)のうち1〜3では、三島の代表作として『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬 豊饒の海・第2部』がとりあげられている。

それらを挟むように冒頭と終盤では、三島(演じるのは緒形拳)が1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地でクーデター決起を呼びかけたのち自決するその当日がドキュメンタリータッチで描かれ、さらに全編にわたって、三島の生涯を振り返るシーンがことあるごとにモノクロームで挿入される。


たとえば、『奔馬』の主人公・飯沼勲(演じるのは永島敏行)が割腹自殺をはかろうとすると、いきなり、三島が自作の映画『憂国』の切腹シーンを撮っている場面へと切り替わる(この部分は同時に、ラストシーンの伏線にもなっているわけだが)。それ以外にもこの映画には、作家本人とその作中人物とを重ねあわせるという場面が随所に登場する。

そんな複雑にして巧妙な構成に加えて、映画美術、とくに三島作品を映像化した部分のセットに度肝をぬかれた。その形式は、映画美術というよりはむしろ舞台美術に近い。例をあげると、『鏡子の家』の一場面では、ピンク一色に塗られた屋台のまわりを、大勢の市井の人たちが看板を持ったりしながらグルグルと回っている。

なお、この場面では、沢田研二演じる俳優の収(おさむ)と、その先輩・武井(演じるのはアクション俳優の倉田保昭)が一緒に屋台にいるところへ、収の友人で日本画家の夏雄が現れる。夏雄に扮しているのは何と、画家の横尾忠則だ。もっとも、原作では童貞の日本画家として描かれている夏雄と横尾とではちょっとキャラクターが違う気もするが……。まあ、横尾が生前の三島と親交があったことを思えば、興味深いキャスティングではある。

このほかの場面でも、『金閣寺』では、いかにもつくりものっぽい金閣のセットが真っ二つに分かれるし、『奔馬』では、暗闇のなかに四方を襖に囲まれた空間が浮かび上がり、そのなかで青年たちが要人暗殺をくわだてる。そこへ突如として警官たちが踏み込んでくるのだが、そのとき襖が一気に倒れるという演出も、どこかアングラ演劇っぽい。

こうした実験的ともいうべき映画美術は、当時すでにパルコのポスターやCMなどにより広告界で一世を風靡していたアートディレクターの石岡瑛子が手がけたものだ。
とはいえ、石岡にとって映画の世界ではこれが初めての仕事であった。監督のポール・シュレイダーは、そこをあえて全く新しい美術の考え方を映画の中にぶちこめる人という意味で、映画の世界の人でないアウトサイダーである彼女を起用したのだという(石岡瑛子『私デザイン』)。

さて、小説の映像化パートとは対照的に、三島の実人生を描いた場面は徹底的にリアルに描かれており、小説の映画化部分とは対照的だ。三島が市ヶ谷に向かうシーンでは、私設軍隊「楯の会」のメンバーたちとともにトヨペットコロナに同乗、途中で高倉健の「唐獅子牡丹」を合唱するなどしていたが、いずれも事実にもとづくものである。ラスト、三島の演説のシーンも、記録映像かと見まがうばかりの迫力だった。

“幻の映画”がついに日本でも公開!?
それにしても、三島の生涯と作品を知るのにこれほどうってつけの映画もないのではなかろうか。にもかかわらず、日本で公開されていない(ビデオやDVDもなかなか観られない)という現状は、残念と言うしかない。

……と思っていたら、先月25日、まさに三島の死から40年を迎えたその日に『三島由紀夫と一九七〇年』という本が刊行され、「参考資料映像」としてこの映画のDVD(英語字幕つき)が付録につけられた。とはいえ、巻末の「解題」を見たところ、「“タブーなき言論”を信条とする出版社[=鹿砦社]の“蛮勇”」などと書かれており、どうも正規の手続きを踏んだものではないらしい。

同書の奥付によれば、限定5000部ということなので、たぶんこのまま品切れになっても増刷はかからないのだろう。そんなわけで、映画が観たいという人はお早めに。さる情報筋によれば、新宿の模索舎というお店に行けば、いまなら確実に手に入るみたいです。
(近藤正高)
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