「三ツ星レストラン」。その甘美な響きは時折耳にするものの、滅多に足を踏み入れることのないきらびやかな世界! 白金にある「カンテサンス」の岸田周三シェフはミシュランガイド2008で史上最年少の三ツ星を獲得して以来、現在までトップシェフとしてのポジションを揺るぎないものにしています。


そのカンテサンスの名物料理が、豚などの肉を使った「3時間ロースト」。「220~240℃のオーブンで1分加熱し、取り出してあたたかい場所で5分休ませる」を20数回繰り返し、延べ3時間にかけて焼き上げていく一皿です。均一なロゼ色の柔らかい肉をひと噛みすると、肉の線維の間から肉汁がジュワッとあふれ出てきて、即昇天間違いなし。初めて行く人は一様に驚くひと皿です……が、おサイフ的にしょっちゅう行ける店でもありませんし、最近では予約の電話もなかなかつながらないよう。

しかしこの「3時間ロースト」は「(1分加熱+5分休ませる)×20数回」という手間さえ惜しまなければ、家で作ってもそこいらのビストロを凌駕する一品になります。塊肉という「ハレ」の食材は、お祝いにはうってつけ。
なので11月17日にレビューしたフィグログを持ち込んだ新居祝いでも作ってみました。しかし、直前に問題がひとつ判明。新居にはまだオーブンが入っていなかったのです。うーむ……。

そこで鍋ひとつで、オーブンのような加熱ができないか考えてみました。要は「輻射熱」が「鍋全体に行き渡」ればいいのです。
まずは鍋。肉を出し入れする以上、頻繁にフタを開け閉めしなければならないので、厚手で熱を蓄えられるルクルーゼ無水鍋などが良さそうです。今回は新居祝いのプレゼントという名目で、前日にAmazon先生から当日自分が使いたいStaubの鍋を送りつけてもらいました(だって、持って行くと重い……)。さて日に日に長くなる前フリは気にせず、作ってみます。

●用意するもの
深さのある厚手の鍋
塩(安いものでOK) 500g~1kg程度(鍋の大きさによる)
ブロック肉(今回はアグー豚のヒレ800gと国産牛ロース1kg)

食材としては脂身少なめで鮮度のいい肉だけ用意すればOK。一般に塊肉を加熱調理する際に、塩をすり込むことがありますが、このロースト法のキモはいかに水分を残すか。
塩をすり込むと内部の水分が浸透圧でしみ出してきてしまって、ジューシーさが失われてしまうので調理前に味つけはしません。ごまかしがきかないので、我々一般人は新鮮な肉を選びましょう。おつとめ品&割り引き肉はダメ、ゼッタイ!

さて、カンテサンスのレシピの基本は「220~240℃のオーブンで1分加熱し、取り出してあたたかい場所で5分休ませる」。これを鍋で再現するために、まず鍋の底に2cmほど(このときは約500g)ほど塩を敷きます。狙いは空焚き防止と鍋内部の温度を安定させること。そして鍋の内壁(塩部分含む)に肉が触れないよう、鍋の取っ手と取っ手の間をタコ糸で渡し、肉をハンモックのように宙づりにします。
これで鍋を使った即席ミニオーブンのできあがり。むしろ宙づりにできる分、輻射熱のみで加熱というオーブンにはない機能まで兼ね備えています。

次は肉を寝かせる場所。コンロ周辺で温かい場所に置きたいのですが、衛生面を考えると、他の鍋が出入りするときに当たったり、飛び散った油やソースがかかりそうな場所は避けたい。というわけで即席ミニオーブン鍋のフタの上に乗せて休ませることに。ただし、Staubのフタは高温になりすぎるので、フタの上にアルミホイルをクシュクシュにして置いておき、やわらかく熱が伝わるようにします。
これにてセッティング完了!

あとは鍋を中火にかけて、根気よく肉を出し入れするだけ。肉は、調理開始の2時間ほど前には冷蔵庫から出して常温に戻しておくのをお忘れなく。鍋の中に吊して1~2分経ったら、取り出して鍋の上のアルミホイルに乗せて4分ほど。この工程を約25~30回繰り返します。人件費などを考えると通常、レストランでこれほどの手間はなかなかかけられません。だからこそ「カンテサンス」は凄いのですが、むしろこうした手間は知人や家族といった間柄での宴席の方が向いているとも言えそう。
1分加熱、4~5分お休み×25回。この目安さえ覚えておけば、大外しはありません。

今回、直径5cmほどの豚ヒレは約25回。直径12~13cmの牛ロースは32~33回出し入れしましたが、どちらも中までムラなくロゼ色に仕上がりました。他にもたくさんごちそうがあったにも関わらず、「うんまーい!」との絶賛の声とともに、キロ単位の肉があっという間に参加者の胃袋の中へ消えていきました。あ、そうだ。味つけですが、肉の味わいがとても豊かなので、軽く岩塩などを合わせるだけでも十分ですし、このときは新婚さんがいい味噌を持っていたので、それを水で溶いたものをソース代わりに使いました。凝ったソースで味を重ねるより、最小限の味つけでお肉を味わい尽くしたいところです。ちなみに写真を撮ってくれたお嬢さんは「塩も何もいらないっす!」と野生児のように肉に食らいついていました。作り手として「旨いっ」とホメてもらえるのはうれしいことですが、軽く引きそうになったのはここだけの話です。(松浦達也)