――前編は、夢破れて故郷に帰った飴村さんが、2008年に大逆転のデビューを果たした、というところまででした。
飴村 頭が麻痺していて、そういう余裕は無かったんですよ。自分としては、あと4年しか生きられねえって感覚でしたから。だってホラー大賞が獲れるなんて、1ミリも思っていませんでしたから。だけどもやるしかないと思って書き続けました。家族とも1日5分以上話してないし、4年間誰とも会わなかったです。
――座敷牢みたいな感じなんですか。
飴村 僕、受賞が決まった次の日に撮った写真があるんですけど、もう気持ち悪いですよ、その顔が。なんか蜘蛛みたいな顔してて。
――蜘蛛(笑)。
飴村 昨日も兄貴がその写真見て「マジキモいわお前!」って(笑)。本当に気持ち悪いんですよ。
――その写真見たい(笑)。でもそれってお兄さんも偉いですよね。そんな状態の弟を家に置いて面倒みて。
飴村 受賞してから聞くと、こいつはこのまま野垂れ死にすると思っていたみたいです。最後に家族として何が出来るかと考えて、4年間の猶予をやって死んだら罪悪感も薄れるから、いいかと。
――すごいなあ。そういえば飴村さん、一時期親戚にドン引きされていたんですって? 『粘膜人間』を親戚の叔母さんに読まれちゃって。
飴村 受賞決まったときは親戚中すごい盛り上がったのに、発売日になった瞬間、一切電話がかかって来なくなったんですよ。
――本を見ちゃったんだ(笑)。
飴村 一人の叔母さんが音頭をとって広めてくれてたんですけど、髑髏の箇所で挫折して、バーっと電話でふれまわったみたいです。読むな、これはイカン! って。
――髑髏まではもったんだ! それは逆に褒めてあげないと(笑)。
飴村 で、推理作家協会賞いただいたときに地元の新聞に写真が出たんですよね。そこで「ただの変態じゃないんだ、才能がある変態なんだ」っというふうに変わりました。
――ああ、親戚から犯罪者が出ちゃった、くらいに思われていたんですね(笑)。
飴村 今年は親戚から年賀状も来ましたし。「飴村行先生」って書いてありました。
――お兄さんは本を読んだんですか?
飴村 うちの兄貴は僕の大ファンなんですよ。ただ、うちの兄貴が絶賛すると本はあまり売れない(笑)。兄貴はヤクザ映画が好きで、小説ほとんど読まないんですよ。「マッドマックス」とか「仁義なき戦い」とか『ナニワ金融道』が好きで。典型的な四十代のオッサンです。僕の小説を読んで、ちょっとイマイチで物足りねえなって言ったのが『粘膜蜥蜴』と『爛れた闇の帝国』なんですよ。
――元ヤンキーなんですかね? お兄さんは。
飴村 元ヤンですね。でも今は更生して、二児のパパです。
――飴村さんの小説には毎回兄弟間の相克という要素が出てきますよね。これは実体験というか、お兄さんに対するコンプレックスのようなものがあるのかと思っていたんですが。
飴村 十代のころの僕は異常な神経過敏だったんですよ。「バカ」って一言言われただけで一晩寝られなくなったぐらいで。それなのに兄貴がいきなりニコニコ笑いながらグーパンチとかしてくるわけです。そうすると……本当に殺したくなる。でも僕は怖くて言えないんですよ。そうするとまた笑顔でローキックが来る。
――(笑)。高校時代は、男子校だったわけでしょう? 女の子とつきあったりとか、そういう華やかな要素はなかったんですか。
飴村 全くないです。ゼロ。高校3年間、女性とは誰とも口聞いてないです。だから僕、大学に入って彼女が出来たとき、泣きそうになったんです。
――わははは。
飴村 初めてデートしたとき一緒に歩いていいのかなとドキドキして。何回も周り見渡して誰も見てねえなっていうのを確認して水道橋で会ったんですよ。
――なんで水道橋なんですか?
飴村 東京歯科大学の病院があるんですよ。病院に勤めている歯科衛生士の子とつきあってたんです。
――デートってどこ行ったんですか? 立ち入ったことをお聞きするようですけど。
飴村 いやなんかそのへんブラブラしたり。後楽園の遊園地だとか。あとは、古本屋がすごい好きなんで白山通りのほうへ行ったりとか。
――その辺は聖地巡礼しないんですか?
飴村 それはちょっと……ほろ苦い思い出なんで。
――ああ(笑)。30代のころの大宮時代のことは思い出しますか?
飴村 僕、大宮で家賃6万くらいのところに住んでたんですよ。
――当時の大宮で6万って結構高いですよね。
飴村 そうです。でも引っ越したいんだけど引っ越すためのお金はないんですよ。部屋だけは維持しないと生きていけないので、夜十時ぐらいまで働いて、帰ってきて発泡酒飲んで寝るだけ、という生活が6年くらい続いたんですよね。で、恐いのが、夜中に目が覚めるんですよ。
――ああ、すごいなぁ。松本零士の『元祖大四畳半大物語』みたいです。
飴村 本当にそうですねぇ。僕は6畳だったんですけどね。
――部屋代が6万だから(笑)。
飴村 あとは、僕タバコがやめられなくて。一日3箱くらい吸わないと精神持たなかったんですよ。食費を減らすしかないんで、昼しか食べなかったです。いわゆるドン底ですよ。でも6年間もドン底にいると、いらんプライドとかが全て消えていくんです。僕は歯医者の大学に行ってたからくだらんプライドをいっぱい持ってたんですけど、キレイになくなってスッキリしてます今は。
――ああ、当時の歯科大学ですもんね。
飴村 80年代のバブルでガンガン盛り上がっていたころですから、今と全然違ったんですよ。私立の歯科大って貧富の差がめちゃくちゃ激しくて、都内で開業したやつら、みんなベンツとかジャガーで通勤してましたよ。僕みたいな地方から来たヤツらはみんなチャリンコなんです。その落差たるやただごとではなかった。だってそのベンツだって、みんな個人所有なんですよ。家の車じゃなくてマイベンツ。
――すごい格差社会だ。ちょっと話は戻りますが、その歯科大学で飴村さんは最初、映画研究会に入ろうとしたんですよね。
飴村 でもそこは実質アニメ研究会だったんです。だから軽音に入って、プロモ映像みたいのを撮っていました。
――当時はバンドブームの勃興期ですもんね。でまた、不条理ギャグ漫画の全盛期でもあって、それで飴村さんは漫画家志望になる。
飴村 吉田戦車さんとか売れてましたね。
――でも飴村さんは「スピリッツ」じゃなくて「ガロ」に持ち込みをする(笑)。
飴村 丸尾末広さんと同じ出版社から訳のわからん漫画出してヒットするっていうのが夢だったんですよ。
――間違ってますよ、方向性が(笑)。
飴村 当時の「ガロ」には長井(勝一。故人)さんという名物編集者がいらっしゃって。2ヶ月で漫画を描いて持っていったら1ページ目はちゃんと読むんですよね。で、2ページ目からパラパラパラって15秒くらいで終わって「ごめんなさい」と言われました。「いや待ってください、ともかく読んでください」と言ったら「スープがあって、美味いか不味いか判断するのに全部飲む必要ありますか」と返されて何も言えなかったんですよ。
――いいこと言いますね(笑)。それを面と向かって言われるのはキツかったでしょう。
飴村 しかもかすかに微笑みながら言うんですよ。
――厳しいなあ。「ガロ」以外にも持ち込みは行かれたんでしょう?
飴村 2年半で、メジャーどころはほとんど行きました。「スピリッツ」、「ヤングジャンプ」、「ヤングマガジン」、「ヤングサンデー」も当時はあったかな。「コミックバーガー」っていうのも。それ全部行って全部ダメで。
――漫画に見切りをつけたときは何歳になっていました?
飴村 25歳ですね。
――それで脚本家志望に転じる。
飴村 ちょうど野島伸司さんのドラマが流行っていたんです。あれを観て「これにサム・ペキンパーのバイオレンスを加えればもっとよくなるんじゃないか」と……。
――その発想がおかしいでしょ(笑)! テレビなんだから!
飴村 そこで読みを間違っちゃったんですよね。そこからドン底に落ちました。
――工場勤務の6年間と作家修業の4年間ですね。10年間のタメの時代。
飴村 そうです、はい。
――今だったら鬱屈を晴らす方法ってネットだと思うんです。掲示板で人の悪口を言っていればある程度消費も出来ると思うんですけど、飴村さんの時代にはそういうはけ口がなかったわけでしょう。そうやってためこんだことで、結果的によかったということもあるのでしょうか。
飴村 今考えれば、群れなかったのがよかったんですよ。高校のときの友だちで一緒に上京したヤツがいるんです。そいつは5人くらいのグループを作って役者を目指していたんですけど、周りの人間が基準になっちゃうんですよ。周りが休めば自分も休むし、周りが大丈夫だと言えば自分も大丈夫だと思う。すべて流されて、結局そいつは今行方不明なんです。僕は1人だったんで自分の判断しかない。もともと臆病なんで動かなかったのが、逆に良かったという気がします。
――それも運ですよね。
飴村 寂しかったけど得るものはありました。
――孤独感にさいなまれている若い人は今もいると思いますが、そういう人たちに何か一言ありますか?
飴村 あのね、高校時代って曲で言ったらイントロなんですよ。何も始まってないから絶対に死んじゃいけないです! 何も始まってない。これからです、すべては!
――だはは! 血の叫びだ。
飴村 僕が10代で思っていたのは「高校時代に楽しいヤツっていうのは、人生のピークは今なんだ!」ということです。後は落ちていくだけだと。「今女の子とデートしているけど、この女と結婚して終わりだ。今が人生で一番楽しいときだからこんなに笑ってられるんだ」と。こんなボクですらWikipediaに載せてもらえるようになりましたから。
――いいなあ。
飴村 今悩んでいる高校生に伝えてほしいんです。そう思えばね、耐えられるんですよ!
――まだイントロだと。人生まだまだだと。
飴村 そして楽しいヤツは今がピークだと!
――なるほど、ぜひそれは伝えましょう。最後に、今後の予定をお願いします。
飴村 7月に集英社から書き下ろしで『晦冥師団(仮)』という本を出します。〈粘膜〉シリーズのほうは、これから「野性時代」に書く短編を2012年に本にまとめる予定です。
――本日は貴重な時間をいただき、ありがとうございます。新作、期待しております!(杉江松恋)
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