この本を手にした読者の声が聞こえてくるような気がする。
『カササギたちの四季』は、『月と蟹』で第144回直木賞を受賞した道尾秀介の、受賞後第1作にあたる作品だ。
といっても道尾がこの作品を「小説宝石」及び「ジャーロ」に発表したのは2008年から2009年にかけてのことである。彼は執筆の速い作家で、長篇を雑誌に連載する場合は、最初にすべてを書き上げ、少しずつそれを分載していく形をとることもある。本書から「新直木賞作家の意気込み」を読み取ろうとするのは無駄なことだ。
だが、それでもファンならば、行間から透けて見えるものを読み取りたくなることだろう。ある人にはこれが『骸の爪』のように見え、ある人の目には『カラスの親指』のように映り、またある人にとっては『光媒の花』のようだと感じられることだろう。
作品それぞれに記銘すべき力強さがあり、それが読者の中に印象を残してきたということの証拠である。道尾を謎解きミステリー畑の出身者として読んでいたい人はそういった箇所を重点的に押さえ、不安定な人間関係や家族を描いた小説の書き手として読みたい人は描かれた物語から受けた感慨を胸に刻みつけようとする。読者によって、受け止め方が違う小説なのである。
私は、ところどころに出てくる、いいな、と思う文章を拾い集めながら読んでいった。少し前から道尾秀介の作品を読むときは、そういう風に文章の収集家に徹することにしている。
リサイクルショップ・カササギという、開業して2年になる小さな店舗が中心にある。開業して2年、そして赤字経営も2年。
日暮には買い取った中古品をリペアして商品に仕立てなおす技術がある。それを華沙々木に見込まれ、副店長として働くことになったのだ。もっとも商売の腕はたいしたことがなく、いつも売り物にならないようなガラクタを高く売りつけられている。華沙々木のほうはさらにつかみどころがなく、暇なときはいつも店で『マーフィーの法則』の原書に読みふけっている。そして彼には、ろくでもないものを押しつけられるという日暮の「負の能力」以上に困った癖がある。不思議な出来事に出くわすと、頼まれてもいないのに首を突っ込み、しろうと探偵の真似事をやりたがるのだ。しかし、彼が動いたことにより救われたことがある人間が、少なくとも1人いるのは事実である。いつも店に入り浸っている、中学生の南見菜美だ。心優しい日暮は、華沙々木がいつか探偵として失敗して醜態を晒し、菜美の美しい思い出まで汚すことになりはしないかと、いつも心配している。そんな相棒の思いも知らず、華沙々木は今日も今日とて元気に事件に首をつっこむのだ。
道尾秀介は2004年に『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してデビューした。以降2007年に『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞を受賞したのを皮切りに、2009年に『カラスの親指』で第62回日本推理作家協会賞、2010年に『龍神の雨』で第12回大藪春彦賞、『光媒の花』で第23回山本周五郎賞と、数々の賞を獲得してきた。矢継ぎ早の受賞歴は実に華々しいものだが、なぜか直木賞にのみは冷たくされ、第137回に『片眼の猿』が候補作になったあとは、第140回から第143回まで4回連続で候補に上がるも落選、6度目になった『月と蟹』でついに賞を射止めた。
道尾の特筆すべき点は、こうして賞レースの中で翻弄されながらも決して自分を見失わずに良質の作品を送り出し続けてきたことだ。ここで題名を挙げた作品を見ると、作風が徐々に変化していることが判る。少しずつ実績を積み上げながら、確実に自己を進化させてきた作家なのだ。
デビュー作『背の眼』と、第2長篇『骸の爪』の2作は、真備庄介と道尾秀介(作家自身と同姓同名のキャラクター)が活躍する、クラシカルなスタイルの謎解きミステリーだ。本書を読んだ道尾ファンは、真っ先にこの作品を思い出したのではないか。しかし、『カササギたちの四季』には、真備シリーズでは使われていなかった、あるツイストが用いられている。これから読む人への礼儀としてその趣向は伏せておくが、1篇ごとに逆転があり、4篇を通して読むと、さらに驚きが増すような仕掛けが施されている。
2007年の『シャドウ』の受賞で頭角を現した道尾は、『片眼の猿』『ラットマン』『カラスの親指』と続く作品群で〈伏線〉技術の使い手として高く評価された。何気なく読みとばしていた文章が、後になって大きな意味を持つという技法だ。
さらに2009年ごろから道尾は、そうした〈伏線〉の技術に頼らず、文章の流れとストーリーの起伏だけで読者を引きつける、小説としても強い作品を書き始めた。現時点での最高傑作は『球体の蛇』ではないかと思う。この作品は、道尾が初めてミステリーの技法を主とせずに書ききった長篇である。その翌年に発表した『光媒の花』は本書と同じ連作形式の短篇集だが、季節の情感を物語に織りこむことにより、小説の主題を一層際立たせるという技法に道尾が挑戦した作品でもある。
題名に『四季』が謳われているように、『カササギたちの四季』も筋を追うだけではなく、ところどころに挟まれた、情景描写に着目すべき作品だ。二番目の作品「―夏― 蜩の川」では、次のような美しい情景が物語の中で重要な意味を持たされている。
――美しい、夕暮れの河原だ。見事ままでに透明な流れが下へ下へとつづき、木々の先に消えている。起伏が多い山肌のため、川は小刻みに曲がりくねり、その曲がり具合がなんとも絵になっていた。
収録された4篇は、親子の心のすれ違いが主題として扱われている。最初の「―春― 鵲の橋」はリサイクルショップ・カササギに窃盗とも放火未遂犯とも思われる人間が押し入り、1人の少年が容疑者として浮上する、というあら筋だ。真相解明に乗り出した華沙々木は黙考の果てに「チェックメイトだ」と宣言し、謎を解く鍵は「『遺産』と『遺言状』、そして『炎による熱』だ」と日暮たちに呟いてみせる。この謎めいた言葉の意味が読者に判るとき真相は明らかになり、ある親子の間に生じたすれ違いが浮かび上がってくる。このパターンが、形を少しずつ変えながら、4回繰り返されるのである。人生はたいていが一回限りの不便な舞台で、再演はありえないものだ。4回の繰り返しによって、そのかたくなな原則が、ちょっとだけ緩むかのように見える。
冒頭で書いたように、謎解きを主眼とするミステリーとしても家族の問題を描いた小説としても読むことができる作品だ。お好きな楽しみ方でどうぞ。さらりと書かれた感じで、肩の力が抜けている。