こんなタイミングであの本が再文庫化される。
斎藤貴男『東京を弄んだ男「空疎な小皇帝」石原慎太郎』である。

最初の雑誌掲載が2000年で、以降2002年から2003年にかけて雑誌「世界」、その後2003年に岩波書店から単行本化され、2006年にちくま文庫入り。内容も大幅な修正は行わず、基本的に当時の原稿をそのまま再録、文庫版の序章とあとがきを加筆した構成になっている。帯に「緊急出版!!」の文字が謳われているけど、まさにその通りの印象だ。4月10日の統一地方選挙告示がまもなくなので、それ以前に関心のある人には読んでもらおう、ということだろう。


1)「退かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!」(サウザー)

そんなに前の本だとしたら、中の情報は風化しまくっているんじゃないかって? とんでもない。そんなことはまったくないのである。なぜならば石原慎太郎という人は、2000年当時からまったく変わっていないからだ。ブレない芯の強さを持っているともいえるが、反省する気がないようにも見える。
紹介されている事例では1976年に44歳で初の大臣ポストに就任、福田赳夫内閣で環境庁長官になったときのことが、政治家としてはもっとも古いものだろう。このとき石原慎太郎は難題をつきつけられる。水俣病の患者団体から訪問を受けたのだ。だが、新長官は、事前アポイントがないことを理由に面会を拒否する。
「人間として社会人として最低限のルールを守り合わぬ限り、いかなる話し合いも有り得ないのではないか。水俣の当事者とて同じことではないか」というのが言い分だ(引用元は『国家なる幻影』)。
好ましからざる相手の対話は拒む、という態度に出たときの事例がいくつか紹介されている。1999年、都知事の1期目に震災見舞いで台湾を訪れた際に「かたよった歴史観について見直しをしてほしい」という意図で近づいてきた龍應台台北市文化局長を黙殺した件、翌年、東京女性財団の廃止を動議した際、財団側から面会を求められたにもかかわらず多忙を理由に断り、結果的に再建案も握りつぶして廃案に追い込んだ件、などなど。一度思い込んだらてこでも動かず、相手の声に耳を貸さずに突き進む人物なのだ。


2)「君子豹変す 小人は面を革む」『易経』

と、頑固なのはいいのだけど、困るのは誰にも相談せず「手のひら返し」をする癖があること。都知事選不出馬宣言を翻して、神奈川県知事を泣かせた一件とか、ありましたな。自民党の議員だった1978年、彼は反共産中国、親中華民国という立場をとる青嵐会に属していた。だが彼は中華人民共和国との平和友好条約を決議か否かで党が揺れた際、突如中華人民共和国支持に鞍替えして会派の同志を激怒させたのである。本会議に先立つ外交委員会で採択が行われたのだが、石原議員は同志の中山正暉議員に「日中に賛成するのは今しかないよ」と言い放ち、起立して賛成の意を表明したのだった。おお、『NOと言える日本』ならぬ、「YESと言える慎太郎」!
こんな具合なので、彼を支持するときには注意が必要だ。君子なのか小人なのか知らないけど、意見を変えるのに事前の相談はないみたいだからね。



3)「朕は国家なり」ルイ14世

もっとも危険に思われるのは、国会議員・都知事という公の顔と、石原慎太郎という私の顔とを好んで混同する癖があるように見えることだ。たとえば都知事は自衛隊の観閲式で隊員に挙手の敬礼をすることを好むが、それは本来ヨクナイことなのだという。
元陸上自衛隊幹部・大貫悦司氏の談話を引用する。
「死が十分に予想される局面でも職務を遂行しなければならない自衛隊員にとって、絶対なのは指揮権です。観閲台の上に立った来賓が、自らの祝辞に対する部隊長らの敬礼に答礼することはあっても、観閲行進などに際して自衛官が敬礼するのは指揮命令系統の観閲官だけに向けてであり、したがって観閲官以外の、つまり陪閲者の答礼もあり得ない。規則的にもそうなっているのですが、石原さんは気が高ぶるためなのか、得々とまさに敬礼をし、また総理や防衛庁長官と同じように「諸君」という呼びかけをされますね。現場の自衛官たちには、いささか違和感もあるようです」
自衛官は誰かの私兵ではないわけだ。このほか、小林よしのりとの対談なども抜粋されていて、「俺スゲー」の自己陶酔ぶりがいろいろと明かされている。

著者自身が認めているとおり、本書は石原慎太郎という人物の全貌を書き尽くしたものではない。12年に及ぶ任期の間には、さまざまなスキャンダルが噴出し、そのたびに都民は裏切られた思いをしてきたのだが、そうした業績の概括まで踏み込んだものではなく、トピックの断片的な紹介にとどまっている。したがって、この本だけを判断材料にして都知事選に臨むのは、不適切だし不十分だ。ただし、上に書いたような、非常に奇妙な自我のありようは、間違いなく読者に伝わるはずである。
私たちは、こういう人を首長にしていたんだねー。きちんと情報収集をした上で、都民は4月10日に選挙に行きましょう。(杉江松恋)
編集部おすすめ