『なぜ反対するのか』
『おまえたち白人は、良い天気、盗もうとしている』。
この話にみんなが声を立てて笑った。笑ったあとで、一人がふといった。
『これはジョークなのか、それとも実話なのかね』。
座は一瞬シーンとして、答えられる者はいなかった。われわれは、それがどちらであるかを区別できず、ただ笑ったのである」
日本人のアフリカに対する無知を書いた、1975年6月23日の朝日新聞朝刊のコラム「天声人語」の一部だ。先日、4月10日に発行された『日本人のためのアフリカ入門』は、冒頭でこのコラムを紹介し、35年経った今でも日本人がアフリカに対して無知であるだけでなく、無知であるのに見下した感覚を持っている事にまず言及している。
僕が本屋でこの新書に出会った時、無意識の内に違和感を感じて手に取った。新書といえば、周りを見れば「中国」「フェイスブック」「生き方」「年収」などの文字がにぎやかだ。そこにぽつんと「アフリカ」の文字。そしてアフリカは、日本にはご存じない方もいらっしゃるかもしれないが、国名ではなく大陸の名前だ。
「そうか、アフリカには何十も国があって、最近じゃ色々資源も掘れて発展がめざましい。
この本を書いた白戸圭一さんは大学院でアフリカ政治研究を専攻し、毎日新聞の南アフリカ・ヨハネスブルグ特派員の経験がある人だ。生活・職業・研究、あらゆる次元での経験を元に、真摯にアフリカへの理解を促すような文で一冊が書かれている。同じ日本人として僕らの無知や偏見をも理解してくれて、その上で様々な情報や提言を行ってくれる文章はやさしく、全く知識の無い僕でも、つまづかずに読み終わり、十分理解できた。
アフリカと聞いて「貧困」「戦争」「飢餓」なんてキーワードが強く出てくるのは、海外の人が日本と聞いて「自殺」「いじめ」「過労死」とイメージするような物だ。要するに、一部のネガティブな部分がひどく誇張されたイメージ。アフリカにも当然、高層ビルが林立する大都市が多数存在するし、ほとんどの争いの原因はシンプルな「部族対立」などではない。そういった数々の誤解や偏見について、過度な主張やいい加減な推論などをせずに丁寧に解説してゆく。
本書ではかつて放送されていたテレビのバラエティ番組「あいのり」エチオピア編での「やらせ」疑惑を突き止める様子が、メディアの偏向例として書かれている。番組で取り上げられたエチオピアの少年が、戦争も起こっていないのに病気で死んだ親が「ゲリラに殺された」事になっていたり、捨てられたわけではないのに「家族に会いたい」と言わされたり、脚色の連続。観る方は真偽すら判らない。 著者の白戸さんは、出演した本人に、番組の録画すら渡されなかったという事や、さまざまな「やらせ」疑惑についてインタビューした。
自称「恋愛バラエティ番組」にそんな正当性を求めても仕方ないと言う人がいるかもしれないが、テレビニュースや新聞がアフリカを扱う機会は多くないので、日本人の「アフリカのイメージ」はこういう物で形作られて、そのまま修正もされずに大人になってしまう。そしてそのままアフリカを「遠くにあるかわいそうな土地」と思ったまま、色々なチャンスを逃している事もあるだろう。
記事を書いても大手新聞がアフリカの事情に割ける面積は少なく、書いても載らない事が多かったと白戸さんはいう。だからかもしれないが、この本から「聞いてもらおう」という気持ちを強く感じ、僕も「読もう」という気持ちで熱心に読み進める事が出来た。
2003年頃からジンバブエがインフレを起こしたり、2010年には南アフリカ共和国でサッカーのワールドカップ大会が開催されるなど、アフリカが様々なテーマで話題になる事が増えている。そんな話題に触れた時、冒頭に引用したコラムのように、真偽も判らず笑うだけ、みたいな態度を貫いていたら、今度は日本人が「そういう人たち」だというレッテルを貼られてしまうかもしれないし、もう貼られているかもしれない。この本はそんな厳しい事もあんまり言わず、やさしく色々教えてくれますのでご安心を。巻末にはおすすめブックガイドまで付いてます。
(香山哲)