「なあ、俺さー、ずっと思ってたんだ」
「ん? なんだ?」
「俺、かわいい女の子のいるボロアパートに住みたい」
「それ聞いた。もう10回目くらい聞いた。
お前が『めぞん一刻』とか『ラブひな』を好きなのよく知ってるから。わかってるから黙れ」
「だってさ、ひとつ屋根の下に女の子いるんだぜ! そりゃロマンスとか起きるだろ! 夢だろ男のよう!」
「わかったわかった。じゃあ、とりあえずこれを貸そう。読んでみ」
「ん? 宮原るりの『僕らはみんな河合荘』? ふむ……あれ、宮原るりって4コマ作家じゃなかったっけ?」
「そうそう。今までは基本4コマ漫画を描いていて(注1・『恋愛ラボ』『みそララ』などが有名)その合間にストーリー漫画を描いてた(注2・「恋愛ラボ」『となりのネネコさん』などでは、4コマの間にストーリー漫画が収録されている)んだが、今回は初めてのフルストーリー漫画なんだ」
「ほほーなるほどね。どれどれ……ぬおお、な、なんだこのかわいくて無口でかわいくて文学好きでかわいい少女は!」
「美人な未亡人の管理人さんは出てこないけど、お前の求めていた物……あったろ?」
「そうだよ、これだよ、便利な生活とは言いがたいけど、ひとつ屋根の下に憧れの女の子がいる生活! おれ、この文学少女律っちゃんと一緒に住みたいのでちょっと河合荘に入居する!」
「二次元で我慢しろバカ」
「だよなー。まあ今の時代にこんなに直球ベタなひとつ屋根の下ラブコメが見られるだけいいか……にしてもなー」
「ん? どうした?」
「なんか引っかかるんだよね。スイスイ読める気持ちいい作品なんだけど、色々読んできたひとつ屋根の下作品と比べて妙に喉に突っかかるというか、なんか独特だよねこれ?」
「うむ。良質なラブコメ、でくくって問題ないと思うが、この作品ちょっと特殊だ」
「だよな。どのへんが変わってるんだろう? じゃないと律っちゃんと俺安心して暮らせねえよ!」
「分かっても暮らせねえよ。まず一つ目は4コマ漫画で培ったテクニックが盛り込まれているというところだろうな。1ページの情報量がとにかく多い。
セリフが多いというだけじゃなくて、コマに描かれているキャラの表情、思わせぶりな行動など、こちらが受け取る視覚情報量が尋常じゃなく多いんだ」
「あー、あれか。群像劇ってやつか」
「ちょっと違うけどな。コマの割り方も非常に細かいページもあることで、多くのキャラクターが河合荘でワイワイやっている様子がわかりやすい。しかし決めゴマはちゃんと大きく切られている。こうすることでどのキャラの視点なのかがはっきりしている。緩急の付け方が非常にうまい」
「そうそう、すっげえ小さいコマ多いよな、このへんさすが4コマ作家……あれ? でも思ったより読みやすかったんだけど?」
「そこが4コマ漫画で培ったテクニックだと思う。一つのコマにたくさんのキャラを入れない、吹き出しの位置も絵の一部と考えて整える。マンガを目で追うときに引っかからないよう、読みやすさがかなり計算されてるな」
「難しいことわからないけどセリフのテンポはいいよなたしかに」
「うむ、それが二つ目のポイント、一つのコマでボケツッコミが成立しているという所だと思う。1コマでボケツッコミを入れるのは結構基本テクの一つではあるが、それがあとを引かずにすっきり割り切られている。だから4コマのノリの連続を流れるように読んでいる側も吸収できる。重要な部分はそれを排除してしっかり目が止まるように調節されてるな」
「律っちゃんの次に、酔っ払いダメチョロいOLの麻弓好きなんだけど、この人の出てくるシーンって基本的に全部1から2コマでオチてんだよなー。このテンポがマシンガンみたいに撃ち出されている感じ」
「だな。
常時バッサリしているのもポイントだと思う」
「小ネタをガンガン積み上げて、大きな物語にしていくのは漫才のノリだよなあー。見やすいわ。でもなんだろ、そういう技術的なこと以外でもノドに引っかかるというか……」
「ああ。三つ目のポイント人間関係のディスコミュニケーションっぷりに焦点当たっているところだろうな。すごいそばにいるのに、お互いの気持がきちんと伝わらないもどかしさと、それはそれでいいんじゃないの、っていうザックリ感だろ」
「なるほどー……え? それは今までのマンガもそうなんじゃないの? 思いのすれ違いって割と基本テーマだと思うんだけど」
「そのとおり。相手の気持ちが分からないから人間関係は面白い、というのは重要なテーマだ。だがこの作品のキモは律という文学少女なんだよ。このキャラちょっと変わってると思わないか?」
「おとなしくて、本が好きで、気が強いところがあって、純情で。はやりの無口キャラなんじゃないの? クーデレとか(注3・普段クールで物静かだが、デレることがあるキャラ)」
「ああ。しかし彼女、内気な寂しがりやじゃないし、かといって酷い変人でもない。このへんの機微が描かれているので『この子の気持ちは自分にしかわからない』という壁になってるんだ。他にも彩花という人間関係ブレイカーな女子大生も出てくるが、この感覚も妙だろ」
「変人だし悪女だよね、でも憎めないっていうか。
かといって彼女がハッピーエンドにたどり着いて欲しいってわけでもなくて……あ、そうか。無理してお約束のハッピーエンドルートに乗らなくてもこいつらイキイキしてるからいいのか!」
「ああ。この、まあそれはそれでいいじゃんというがっつかない感じがすごい現代的なんだよな。熱血とか根性論が逆に空回りしたりしてさ。主人公は高校生だから青臭い話多いけど、やっぱり大人目線で描いてると思う。世の中ハッピーばかりじゃなくて、そこそこ程度が楽しいし理解し合える、って距離感をひとつ屋根の下で描いてる。ネタ的には直球なんだけど、やってることはすごいスピンかかったボールみたいにひねってると思うぞ」
「だよなー。律っちゃんすっげーかわいいけど、冷静に考えたらこの下宿でうまくやっていけるかどうか……自信ねえなー」
「うまくやろう、ってしなくていい、ってことだよ。無理せず自分のペースで、お互いの距離感を取っていく。独自の解釈の作品だろうな」
「おもしれえなー。にしても、下ネタ多いよなこのマンガ! いや、下ネタ好きだよ?大好きだけどさ、ときめかないっていうか、むしろこう、女の子がいっぱいいる状況なのに妄想を潰されるというか……『ラブひな』の対極というか……」
「四つ目のポイント女性のリアルが盛り込まれているってこった。ひとつ屋根の下にいたら、女の子に夢ばっかりいだいてらんねえぞと。
逆ハートフルだな」
「うー、もうちょっとこう、女の子に夢持たせてくれよ……ヤりまくりの麻弓さんとかねえ……い、いいけどなんかモヤモヤとこう」
「童貞少年の視点で、ときめきも悲しみも含んだ現実を見せつけられる。それが最大の面白さだな。な?」
「ど、童貞ちゃうわ!」
(たまごまご)
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