「おかえりなさい」
駅舎出口前の道に刻まれた、この文字を見て思い出すのは、「たまゆら~hitotose~」第1話のラスト、主人公の沢渡楓と幼なじみの塙かおるが数年ぶりに再会する名シーン。
亡くなった父親との楽しい思い出が詰まった竹原を、久しぶりに訪れた楓。

悲しみを乗り越えた彼女を出迎える「おかえりなさい」の文字。
以前は無かったその文字に驚き、立ち止まった楓の耳に届く優しい声。
「おかえり」

ここは広島県の竹原市。「たまゆら」ファンである我々「たまゆら~」にとっての聖地だ。昨年発売されたOVA「たまゆら」は、竹原に引っ越してきたカメラ好きの女子高生・楓と、その友人たちの日常を丁寧に描いた作品。現在、続編の「たまゆら~hitotose~」がテレビ放送されている。
この日、11月19日は、全国のたまゆら~が集まる「たまゆらの日2011」の初日。あいにくの雨模様。しかも、イベントもグッズ販売も始まっていない朝9時半という早い時間にも関わらず、すでに多くのたまゆら~が聖地の玄関ともいうべき竹原駅に降り立ち、巡礼を開始していた。

「おかえりなさい」
もう一度、その文字を見て実感する。本当に来たんだ……。
脳裏をよぎるのは、何度も見返した、あの場面。

まさに佐藤順一監督マジック。美しい音楽&歌声とのコンボを未体験の人はぜひチェックして欲しい。

町に入ってまず訪れるのは「町並み保存地区」。ここは、江戸時代からの古い建物も残る竹原の代表的な観光名所。そして、楓たちの憩いの場であるお好み焼き屋「ほぼろ」のモデルになった店をはじめ、アニメの映像で見たほぼそのままの町並みが、現実の光景として目の前に広がる聖地の中心地だ。

まずは、平凡な木製の看板を撮影する。背後には同じように看板を撮ろうと順番待ちの男性。軽く視線を交わし、速やかに場所を譲る。すると、我々の動きを見て看板に気付いたのか、こちらに近づいてくる男性が、また一人。
間違いない。彼も我々の同胞だ……。
アニメ「たまゆら」第1話の序盤、楓とかおるの登校シーンで、大きく画面に映し出されるこの看板を目の前にして、写真を撮らずにいられるたまゆら~は存在しないだろう。


横道に入り約70段の階段を上った先にあるのは西方寺の普明閣。「たまゆら~hitotose~」第5話では、楓が神奈川から遊びに来た親友の三次ちひろを案内した場所だ。
「楓は、大好きなちひろにこの景色を見せたかったんだな~」と、瀬戸内海と竹原の町を一望できる楼上からの景色を眺めながら感慨にふける。
実際には雨雲が広がって薄暗い風景だったが、脳内にはアニメで見たものと同じ美しいパノラマが広がっていた。

巡礼の後は竹原港へ移動し、オープニングイベント「たまゆらクルージング」に参加。これは旅客フェリーを痛フェリー化(公式名称は、たまゆらっぴんぐフェリーVer2)して貸し切り、瀬戸内海の沖まで出て、海上で監督&キャスト陣4人によるトークイベントを行うという企画。普段は自動車が積まれる車両甲板で、低いエンジン音も響く中、楓役の竹達彩奈さんら人気声優たちと、約230名のたまゆら~が向かい合う。
トークの中心になったのは、サプライズゲストで「ほぼろ」店主役の松来未祐さん。竹原の隣・呉市の出身で、「第8話は呉が舞台で、よく知っている場所がたくさん映るんです!」と地元の登場に興奮気味だ。また、佐藤監督は、「駅前の『おかえりなさい』は、本当に楓が竹原に来なかった時期に書かれたもの」と名シーンの誕生エピソードを披露した。
トークイベント終了後、このイベントのために録音された船内放送が。内容は、楓たちが「たまゆらの日2011」の紹介をするメタ設定。
楓による佐藤監督のモノマネを聴いたたまゆら~は、世界で我々しかいないのだ。

晴天に恵まれたイベント2日目。まずは、無料イベント「さよみんのすぺしゃるスタンプラリー」に参加してみた。「さよみん」とは、かおるの姉の塙さよみのこと。楓たちを「プチ秘境探検」と称する過酷な小旅行に連れ出す愛すべきトラブルメーカーだ。そんな、さよみんの名を冠しているだけあって、このラリーもなかなか過酷。参加者の周りやすい順番ではスタンプが配置されておらず、かなりの距離を歩かされることに。
あるポイントでは「次は~、竹原市役所。でも、(ホテルの)大公苑もいいかもと思ったので、どっちかがチェックポイントです」という、さよみらしいメッセージが。「マジか~!」と叫ぶたまゆら~たち。もう、さよみお姉ちゃんってば……。でも、ついていくよ。


2日間にわたるイベントを締めくくるのは、開山が600年以上前という歴史ある寺・照蓮寺で開催される「たまゆらの日2011ファイナル」。境内は約500人のたまゆら~で埋め尽くされた。
トークコーナーでは、前日は不参加だった岡崎のりえ役の井口裕香さんも登場しメインキャストが勢揃い。阿澄佳奈さんは、「私も小さい頃に似たような境遇だったなと思うシーンがあって。監督、どこかで見てたのかな? 怖い!」と、演じるかおるとのシンクロ率の高さを告白。
桜田麻音役の儀武ゆう子さんは、両親役が「うる星やつら」のラムとあたるを演じた平野文さんと古川登志夫さんで、アフレコ時に大興奮したというエピソードを披露。「でも仕事なので、あんまりそわそわしないで、いました」というアニソンネタで、会場を爆笑させていた。
ライブコーナーでは、OVA版からED主題歌と挿入歌を歌っている中島愛さんが登場し、「たまゆら~hitotose~」のED主題歌「神様のいたずら」など3曲を披露。「神様のいたずら」は、「おかえり」の場面でもBGMとして流れている曲で、条件反射のように瞳が潤む。
こうして、「たまゆらの日2011」は大盛り上がりの中、フィナーレを迎えた。

イベント終了後に取材した製作会社・松竹の田坂秀将プロデューサーは、「ファンの方には、アニメの中でも描きたかった懐かしい町に帰ってきたような感覚を味わって頂けたと思うし、やってよかったです」と、手応えを感じた様子。作品の中で商店以外は実名のまま竹原の町を描いている理由も、「日常の中にあるちょっとした幸せをみたいなものを描きたい作品なので、身近な感じを出したかったから」とのこと。
作品とファンの距離感を、非常に大事にしているようだ。

「来年も竹原でイベントを?」という質問への答えは、
「まずは『たまゆら』が今後も続かないと(笑)」
もちろん、たまゆら~の一人としては、そのことを願わずにはいられない。

イベント終了後は、「ほぼろ」のモデルになった「ほり川」で夕食。前日はあまりの大人気ぶりに入店を諦めたのだ。店長の堀川大輔さんによると、前日はお好み焼きを約410枚も焼いたとか。「あれ以上は僕の体がもちませんね(笑)」と、その熱気に驚いていた。
「制作スタッフさんたちがすごく綺麗なアニメを一生懸命作っているので、その作品の雰囲気を壊さないようにしたいと思ってます。『ほぼろ』の店主はあんなに優しいのに、僕が頑固オヤジでもちょっとおかしいですから(笑)。そういうお店作りは続けていきたいですね」と、堀川店長。
「たまゆらの日」限定で使われた「ほぼろ」バージョンの看板や内装も、ファンに楽しんでもらいたいという思いから実費で制作。楓たちをいつも優しく見守る「ほぼろ」の店主のように、「ほり川」の店長も我々たまゆら~を暖かく迎えてくれたのだ。

堀川店長の話を聞き安心はしたが、やはり気になるのは、アニメファンが大挙訪れることへの地元住民の反応。

「皆さんマナーが良いし、地元に還元しようと思って下さる律儀な方が多いのか、『たまゆら』とは関係がない文化施設も回ってくれたりするんです」
と話してくれたのは、竹原の町おこしを推進するNPO法人ネットワーク竹原の佐渡泰理事長。「たまゆらの日」では竹原側の窓口としてスタッフの確保や運営など重要な役割を果たしてくれたのだ。
「私はOVA第1話の『大好きがいっぱいの町、なので』というタイトルが一番好きなんですよ。たくさんの人に、優しい町、竹原を大好きになって欲しいんです」という佐渡さんの願い通り、筆者も今回の聖地巡礼で竹原を大好きになった。

来週には最終回が放送されてしまう「たまゆら~hitotose~」。
「hitotose」とは「第1期」の意味だと信じて疑わない筆者としては、大好きな「たまゆら」と竹原の関係が、今後もまだまだ続いて欲しい。
そのためには、今月の21日から発売になるDVD&Blu-rayの売り上げの動向も気になるところ。「たまゆら」を作り続けたいと願う監督&キャスト陣がイベントで連呼していた「レッツ、バイ!」というド直球なメッセージは、たまゆら~たちの心にどこまで届いたのか……。
ちなみに、筆者はすでにBlu-ray第1巻を予約済み。
何度でも、かおるの「おかえり」を聞いて泣く準備はできている。
(丸本大輔)
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