藤本健二『北の後継者 キム・ジョンウン』では、金正日一族の生年月日が以下のように書かれている。

金正日 1942年2月16日(午年)
高英姫(注:金正日の第4の妻。
故人) 1950年6月26日(寅年)
金正哲(注:高英姫が生んだ最初の男子) 1980年9月25日(申年)
金正恩(注:高英姫が生んだ二番目の男子) 1983年1月8日(亥年)
キム・ヨジュン(金汝静)(注:高英姫が生んだ最初の女子) 1987年9月26日(卯年)

金正日はわかっているだけでも5人の女性を妻、ないしそれに近い形で身辺に近づけている。長男の金正男は第2の妻である成恵琳の子だが、当時恵琳は他の男性と結婚していた。つまり婚外子であるとの引け目があり、父・金日成への正式な披露目は遅れたという。第4の妻である高英姫の場合は出自に問題があり、北朝鮮の為政者の正妻としては理想的な存在とは言いがたいらしい。実はそのことが後継者レースを複雑なものにしているのである(後述)。第5の妻が、元は秘書だった金玉だ。

TVのニュースなどでは、金正恩こそが次の北朝鮮の支配者だというように、既成事実のようにして報道されている。しかしマスメディアの報道は必ずしも正確ではない。正恩の異母兄である金正男を本命としていた時期が長く続いたように、北朝鮮関係の報道は、消息筋からの伝聞といった非公式の情報源を元にしている場合が多く、「もしかすると~かもしれない」といった不確かな情報がいつの間にか事実として一人歩きしてしまうこともある(金正恩であるといわれる人物の写真が最初に出回ったとき、写っていたのがまったくの別人だったのがいい例だ)。情報の根拠は常に疑ったほうがいい。この原稿では、その事実関係を疑うための視点をいくつか提供しようと思うのである。

冒頭に紹介した藤本健二は1987年から13年間、金正日専属の料理人として北朝鮮で過ごした人物だ。
著書『金正日の料理人』は、北の独裁者の私生活を記した貴重な資料である。
藤本は側近として金一族を観察していた経験から、かなり早い段階で金正恩が後継者だと断言していた。金正男が正日の身辺からは遠ざけられていたという事実、金正哲よりも正恩が勝気で攻撃的な性格で指導者向きだということ、そして9歳のときに行進曲「パラコルム」を贈られるなど、父・正日からもっとも多くの愛情を注がれてきた、というのがその根拠である。現在伝えられる金正恩情報のほとんどは、この藤本の著書を参考にしている。マスコミだけではなく日韓の外事関係者などからも一次資料として信頼されているのである。その藤本が2010年に発表したのが『北の後継者 キム・ジョンウン』だ。


金正恩にカリスマを付与しようという動きはこの先どんどん激化していくはずだが、藤本が記した、上記の金一族の誕生日はぜひ記憶しておいてもらいたい。正式に正恩が金正日の後継者と決まったときには、誕生年が変更になっている可能性もあるからだ。
現在、金正恩の出生地は明らかにされていないが、おそらく公式設定が作られている最中だからだろう。父・金正日がソ連生まれと言われながら白頭山出生伝説が作られたのと同じ理屈である。同じように誕生年も「作られる」のである。
2011年2月に『後継者 金正恩』という本が緊急出版された。
著者の李永鐘は韓国の全国紙「中央月報」編集局政治部次長で、すでに50回以上北朝鮮を訪れた実績があり、読者からは「平壌特派員」の異名で親しまれている。この本の中で李は金正恩の誕生年について触れ、NHKが2009年12月10日に行った報道を紹介している。
それによれば、北朝鮮は2009年に金正恩の生年を1982年に修正したというのだ。そうすれば、2012年に金正恩が30歳になるからである。2012年は正恩の祖父・金日成の生誕100周年であり、北朝鮮が「強盛大国の大門を開く(軍事と政治の両面で社会主義強国になる、の意)年」と繰り返し喧伝してきた節目の年でもある。「そんな年に節目の年齢を迎えるなんて、やはり金正恩同志は指導者になるべくして生まれてきた人だ」と北朝鮮の国民に意識させるために生年をいじるわけである。
ちなみに父親の金正日も、ソ連生まれの定説が正しければ1941年生まれのはずだが、やはり1942年生まれに修整されている。その理由は、日成-正恩の関係と同じだろう。こうした形で、指導者たるべき「神話」が次々に準備されていくはずだ。それをしっかり見守らなければいけない。

2011年にはもう1冊、『金正日と金正恩の正体』が刊行された。著者の李相哲は1959年中国生まれ、現在は龍谷大学社会学教授である。
李は上の生年問題について、金正日側近であった藤本の記憶は確かだろうと信用する立場をとっている。ただし、藤本の記憶には一部勘違いがあり、正恩が1983年生まれだというのは西暦ではなく陰暦のことで(北朝鮮では生年を陰暦で計算する)、実際には1984年1月8日(陰暦の1983年12月6日生まれ)だと主張している。

現時点で金正恩についての一次情報を有している人間は藤本健二以外になく、『北の後継者キム・ジョンウン』が第一に読むべき本といえるだろう。それに韓国の情報通・李永鐘の『後継者 金正恩』で知識を補うというのが金正恩研究の正しい第一歩になる。上の勘違いの例で判るとおり、日本人である藤本には記憶違いも多いからだ。
藤本が最初に金正恩との対面を果たしたのは1990年1月のことだが、「こいつが憎き日本帝国の輩か」とばかりに憎悪の眼で睨まれたという。わずか7歳(藤本によれば)の子供にしては、驚くばかりの気性の激しさである。もっともその後、正恩は藤本を遊び相手として過ごして打ち解け、藤本からもらい煙草をするほどの中になったそうだ(煙草を吸うときの指の形から『V』がその隠語となった)。また15歳のときには藤本に「なあ藤本、外国のデパートや商店は、どこでも物資や食糧があふれるほどに並んでいるのには驚いたよ。わが国の商店はどうなっているのかな?」と話しかけるなど、自国の社会経済体制への疑義を呈するほどの知性を発揮していた。
藤本は正恩に3代目としての改革を期待しているのだが、果たしてそれはかなえられるかどうか。30年以上の年月を経て父・日成から権力奪取を成し遂げた父・正日と違い、正恩への政権移譲はあまりにも急激に行われた。当然多くの不満分子が北朝鮮国内にはいるはずであり、すんなりと政権を手にできるとは限らないからだ。

実際、まだ金正恩の対抗勢力が消えたわけではない。前回紹介した『金正日の正体』の著者・重村智計は2009年に発表した著書『金正日の後継者』で金正男・金正恩いずれの後継者説も否定し、金日成の最後の子供である金賢(母親は日成づきの看護師だといわれている)こそが本命だと主張している。世襲ではなく、金正日の異母弟に継承されるというのだ。現時点でこの予測は外れたように見えるが、「金正恩後継者説」もあくまで状況証拠からの推測によって「今のところ」確からしく見えているだけにすぎないということを忘れてはいけない。重村は著書で繰り返し、みながたいした根拠もなく当然だとしていることは誰かが疑うべきであり、それがジャーナリストとしての務めであると説いている。たとえ仮説が間違っていたとしても、そうした意見には耳を傾けるべきだ。

金賢後継者説にあって金正恩説にないものは、朝鮮民族ならではの大義名分だ。本質的に近代化が成し遂げられていない北朝鮮では、儒教国らしい倫理観がいまだ支配的である。国の指導者たる者の条件として絶対なのが、革命運動に従事し建国を成し遂げた者の子孫であるということだ。北朝鮮を実質的に支配しているのは軍部だが、その中には抗日活動の生き残りや、その二世が多数いるのである。
金日成の子供であるという金賢の出自には、そうした幹部たちを納得させるだけのものがある。逆に、金正恩には弱点がある。正恩の母・高英姫は大阪生まれの在日二世で、戦後の帰国運動に乗って北朝鮮に渡ってきた人なのだ。実は北朝鮮では、日本からの帰国者は政治的に差別される対象なのである。一時は後継者競争の首位に立っていたと伝えられる金正男にも弱点がある。彼の母である成恵琳は、金正日の正式の妻とは言いがたいからだ。
こうした具合に、この人こそが文句なしの後継者、と言えるような候補がいないのが実際の現状なのだろう。その中で金正日が2009年に指名したとされるのが金正恩で、2010年に労働党委員としての地位を獲得することによって、既成事実を作ることに成功した。
しかし、それで磐石の体制ができたかといえば、実態はほど遠い。軍及び党の幹部が正恩後継者体制で一本化されていないからだ。今回採り上げた本の著者たちは、背後で血塗れの政争が繰り広げられている可能性を口々に指摘している。現在のところ、金一族以外でトップの座についているのは、金正日の妹・金敬姫と結婚した張成沢だ。党組織指導部第一副部長という要職に就いていた李済剛は、長年にわたって張成沢とライバル関係にあった人物だが、10年に失脚したばかりか交通事故死を遂げている。また、軍部の有力者である呉克烈国防委員会副委員長も10年9月の党代表者会では大きく影響力を削がれた。これらはすべて、キングメーカーたらんとする張成沢との政争の結果と見られるのである。金正日の義弟という立場を利用して張成沢が権力を維持できれば争いは沈静化するだろうが、さもなければもう一波乱あることが予想される。事態を見守る者は、油断せずに知識を蓄えなければいけないのである。

これは余談になるが、藤本健二の本にも張成沢は登場する。藤本によれば、プールで張成沢が後ろから近寄ってきたら用心が必要なのだという。張は、パンツ脱がしの名人だからだ。いろいろな要人が、張の手で「ぽろり」させられてきた。そして張は、人が座ろうとする椅子をどかして、尻餅をつかせるという特技も持っているそうである。北のキングメーカーには、意外にお茶目な面があるのだ。権力の座もそういう具合にひょいと動かしてしまえればいいのだろうけどね。

しばらく硬い話ばかりを続けてきたので、次回は番外篇。ちょっと肩の力を抜ける本を紹介して、このシリーズを終えようと思います。(杉江松恋)