この『プリキュア シンドローム!』は、プリキュアを知らない人にも読んでもらいたいのです。
もちろん知っている人には、裏話や新情報はたっぷり載っていますので、楽しめると思います。おもちゃの没デザインとか、プレ版のナイトメアとか、プリキュアのルールとか。すごい情報量です。
しかしそれだけじゃない。逆に言えばファンにとっては必要な知識まで読み進めるにはちょっと会話部分が多すぎる。
じゃあなぜそんなに長いのか?
それは、この本が「プリキュア5」というテーマを題材に、あらゆる人の元に奔走した一人の若者のルポルタージュだからです。
だって、インタビュー本なら著者名が表紙にこんなデカデカと入るなんてちょっと「あれ?」ってなりますよ。
実質インタビュー本ではあるけど、インタビューを通じて著者が旅をしながら「生(なま)」を拾い集めた記録集になっているから、「著者」でいいんです。
そもそも、今テレビでは「スマイルプリキュア!」が大人気放映中。ところが発売されたこの本は、2007から2008年に放映された「Yes!プリキュア5」シリーズについて25人にインタビューした本。
おかしいでしょそれ!? 時期ずれすぎ、ぶっちゃけありえない。
確かに今でも「Yes!プリキュア5」は人気のある作品だけど、どうして「5」なの? 初代じゃないの?
大人向けのプリキュア本というのも「プリキュアぴあ」くらいで、一作品となると初。
ぼく自身熱烈なプリキュアシリーズファンのプリキュアンで、「SplashStar」と「プリキュア5」は宝物のように愛している作品。
なのである意味、エキサイトレビューの編集である加藤レイズナが「プリキュア5」に絞って書くなんて「なんて俺得」ではあったんです。
ところが開いて最初の鷲尾プロデューサーへのインタビューを読んで愕然。
延々と鷲尾プロデューサーの生い立ちなどを聞いて書いているけれど、それはプリキュアの話じゃないわけですよ。
こう書くと怒られてしまうかもしれないけれども、何を聞きたいのかさっぱりわからないし、インタビューとしての体裁を編集時に整えてエンタテイメントにしていない。というか敢えてあまり手を加えていない。すごく読みづらい。
「この序盤半分でいいんじゃないの?」と(エキレビ!の)編集会議で言ってしまったほどでした。
実際全部読み終わった今でも、最初の部分が難関になっているのは事実だと思います。
しかし、全部読み終わった今だから言います。
もし、大好きな何かがあって、それを確かめる第一歩を踏み出すとしたらどうだろう? 緊張するでしょう。何から決めていけばいいかわからないでしょう。むしろそれを見極めるためには勇気をもって飛び出すしか無いです。
その瞬間を切り取って、まんま載せちゃってるんです。
筆者は最初に鷲尾プロデューサーと打ち合わせをしてから(インタビュー集で打ち合わせが載っているってのもすごいよね)、次々に関係者に会いに行きます。
シリーズディレクター、キャラクターデザイン、バンダイ、美術、声優、作曲家、映画監督、漫画家。
ありとあらゆる人にインタビューをしていますが、いわゆる「インタビュー集」のインタビューっぽくないんです。
良く言えば会話がわかりやすい、悪く言えば会話記録のままで必要な情報の取捨選択がない。
この本自体がライブなんですよ。生なんです。
例えば、プリキュア以外のアニメを見ていなかったとか、「時計じかけのオレンジ」を知らなかったとか、普通は書かないです。だってインタビュアーとして恥ずかしいことですし、不要な情報ですから。
シリーズディレクター小村敏明インタビューにいたっては、すでにインタビューの体裁ですらなく、リアルタイムで起きている会話を見ているかのような気分にさせられます。
もちろん作品についての新事実などががっつり出てくるのでそこは期待していいのですが、読後の印象は「小村さん面白いなあ」なんです。
同じように声優さんの座談会も収録されているのですが、必ず収録する前になぜか前説をするという鷲尾プロデューサーのエピソードを聞くと「鷲尾さん変わっているなあ」(あと個人的に、伊瀬茉莉也さんかわいすぎだなあとか)という印象ががっちり残ります。
『プリキュア シンドローム!』が敢えて今のアニメじゃなく、著者の好きな「プリキュア5」にこだわっているのはそこなんです。
この著者が、最初は勇気を振り絞って飛び込んで、鷲尾プロデューサーの元に行った。そこを出発地点にしながら、目標地点が分からないままながらも、次から次へと関係者の元を回る。
次第に「プリキュア5」を軸にしながら、「作品は人がつくっている」事を確認していく。
人によっては鷲尾プロデューサーと正反対のことをさらっと言ったりしているのもなかなか刺激的です。例えば恋愛要素のアリナシとかね。シリーズ構成の成田良美や、脚本の村山功などは、びっくりするほどプロデューサーの意向と別のことを言い始め、それが収録されちゃってます。
どちらの意見が正しいじゃなくて、そういう前を見ている個々人の集合体の中にいることに筆者が気づいた時、読んでいてこの本がルポルタージュであることがわかるのです。
この本の面白いところのひとつに、インタビューのたびに『湘南爆走族』を持って聞きに行くシーンがあることです。
「プリキュア5」本なのになんで『湘南爆走族』なのか、ってのは読んでもらえばわかるんですが、それにしても出しすぎってくらい出しています。ひょっとして全員に聞いてるんじゃないかってくらい。
『湘南爆走族』は一人ひとりが個人として自立しつつ、チームを組んでいます。「プリキュア5」も同じ、それまでの「ふたりは」じゃなく、リーダーにしがみつくのでもなく、チームとして集合し、でも個人個人はバラバラの道を歩む物語。
制作スタッフの話も同じなんですよ。ほんとバラッバラで自分の主義主張があり自立している。でも鷲尾プロデューサーはそのバラバラがいいと言います。プリキュアシリーズも自分が抜けて次の人たちがになったから続いているといいます。
そんなチームに接して、作者のインタビューの形もどんどん変わっていくんです。
600ページ弱。めちゃくちゃ多いです。
しかし最初、知らない土地でバスに恐る恐る乗るかのようなインタビューが、様々な人と接することでどんどん知識を吸収し、自分が何を探しているのかが明らかになっていきます。「プリキュア5」制作秘話とともに。多分必死なんだろうなと。でもその必死がどんどん達者になり、エネルギーとして人に伝えられるだけのものに変化していく。
ちょっと引用してみます。
鷲尾「絵にしても、ストーリーにしても、いま最善と思われる方法を必死で選択しつづけているだけ。その必死さこそが観ている人の感情に届くんだと思う。理屈を言い始めると、大体ろくなことにならない。『私が成功した五つの方法』みたいなマニュアル本も、何かを成した人たちが『書いてください』と言われて、そこではじめて「『ここでこうしたから、ああなった』」って書いているだけだと思います。
この本は後づけのインタビューになっていません。
聞いている本人も、聞かれている制作スタッフも、リアルタイムで自分の感じたことを語っています。だからこそ読んでいる側の感情にも届く本になっています。
もちろん新情報としてすごく興味深い話ばっかりなんです。しかし印象に残るのは制作スタッフの人となりや面白さの方なんです。
「プリキュア5」好きな人はこの本を読んで更なる文化の門戸を叩いて欲しいと感じました。この本をきっかけに『湘南爆走族』を読んだり「時計じかけのオレンジ」を見たりでもいい。作っている人に興味を持ってみるのもいい。
プリキュアに興味がない人は、一人のプリキュア狂の人間が、作品を愛し追い求めた末に得ていったものが何なのかを見てみてほしいのです。
アニメってよくわからないなあという方でも大丈夫です。なんせインタビューで「絵コンテってどういう作業なんですか?」と真正面から聞いちゃってますから。これ普通アニメファン向けなら載せないですよね。びっくりしたけど、その会話のやり取りが面白いんだ。
「結局は俺の自己満足なんじゃないか?」「大人の俺がプリキュアについて伝えることに意味があるのか」という一文がメモでさしはさまれています。
しかしタイトルにつけられているのは「プリキュア シンドローム!」つまり「プリキュア症候群」。
鷲尾プロデューサーはこう言います。
「心血を注いでいるし、そうでなきゃ作品はつくれない。だから作品を否定されたときに、全人格を否定されたように感じるからとても怖い。でも怖いからといって自分が傷つかない方法で表現しちゃうと、発想自体が絵空事になってしまい、映像もキャラクターも全然人の心に響かない。やっぱり、逃げちゃいけないんです」
制作スタッフの熱い思いを客観的に見た群像劇、とまでは至っていません。そんなに達観していませんし、綺麗事でまとめようともしていません。
むしろ筆者もがむしゃらに、背水の陣で、インタビューという暴走をし続けている様子が見えてきます。そんな「プリキュア5」に夢中だった彼の目から見た世界の広がりは、まるでバックパッカーの見た景色のよう。
なるほど、これは600ページになるわけだ。最後まで読んでから、最初の読みづらかったインタビュー部分を見ると、一つにつながっているんだもんなあ。
ずるいよなあ。
(たまごまご)