だというのにさ……。今日のデートも、恋人に付き合って鎌倉のお寺巡り……。「今日行くのは、高徳院。有名な、鎌倉大仏が見られるところだよ」と、恋人はウキウキ話すけれど。
大仏……何この、イマサラ感。中学生の頃に校外学習で初めて訪れて以来、これまでの人生で4回ほど見たわよ、鎌倉大仏。寺に一切興味のない私が、4回もよ。
まったく心躍らないまま、江ノ電の長谷駅を降りる。海を背中に、高徳院方面へ。足取り重し……。なんていうか。海を見に行くとかの方が、デートらしいと思うのよね。高徳院と逆方面に向かえば、海があるのよね。だというのにさ。私と恋人が向かうのは、あくまでもお寺……。あくまでも大仏……。
大仏。
拝観料200円を払う。
境内を進むと、ハイ出ました、ダイブッコンもとい大仏様。フン。相変わらずデカイわね。何さ。デカけりゃいいってもんじゃないわよ。…ま、まあでも、やっぱりこれだけ大きいと見ごたえはあるわね。
遠足かしら、小中学生の姿を多く見かけるわ。楽しそうにハシャいでいる。はじめて鎌倉大仏を見た、中学生時代の自分を思い出すわ。フフッ。そうよね。あの頃の年代だと、大仏の巨大さが大人以上に感じられたりして、興奮するのよね。
「ハアッ、ハアッ。すげえ。大仏、でけえ」と、尋常じゃなく興奮しているのは私の恋人。何よそれ。
境内を見渡すと、平らで大きな石があちこちにあり、そこにお年寄りをはじめ、たくさんの参拝客が腰掛けている。「あれは、『礎石』といって、創建当初の大仏を収めていたとされる堂宇を支えていた石だよ。境内には56基ほどの礎石があるんだって」と恋人が教えてくれた。なるほど。そもそも腰掛け用の石ってわけじゃないんだろうけど、参拝客にとってはちょうどいい休憩場所になっているのね。石の上でお弁当を広げて食べている小学生もいるわ。参拝客に便利でやさしい設計、って感じね。
大仏に近づき、賽銭を入れ、拝む。
ウホッ。でかっ。恋人の指差す方を見てみると、巨大な藁草履が壁に飾られていた。「このわらじは、茨城県常陸太田市の子供会が3年に1度つくって、高徳院に奉納してるんだ」とウンチクをたれる恋人。もう半世紀以上もの間、奉納が続けられているらしいわね。
大仏の周りには人だかりが絶えないけれど、なぜかこの巨大な藁草履に人だかりはできない。けれど、パッと見てかなりの迫力があり、じっくり見ると丁寧なつくりであることがわかるわ。これまで4回、高徳院を訪れたけれど、この大わらじは見逃していたか、見ていたとしてもサラッと流していたのね、きっと。でもコレ、実は大仏並に見ごたえがあるわよ。
「この大わらじを大仏様が夜な夜なこっそり履いているらしいね」と真顔で言う恋人。アホらしい、と思いながらも、大仏がコレを履いて歩く姿(しかも夜に)を思い浮かべると、なんとも楽しい気持ちになるわね。
ここらでちょっと一息つきたいわ。ということで、大仏の後方にあったベンチに腰掛ける。すると、大仏の背中にある2つの扉が目に入った。排気口? なんか、あんなの見ちゃうと…。なんとも作り物感丸出しで、ちょっぴりガッカリしちゃうわね。なんて思いながら大仏の背中を見つめていると…。
ツツーッ。えっ? やだ。私。目から水が流れてきたわ。何? なぜ? どうして泣くの、私。作り物感丸出しの、大仏のコッケイな背中。けど、見ているうちに…なんていうか……。ネコ背な大仏の背中。所々見られる色落ち。哀愁すら感じられる。長い長い間、雨風にさらされながらも。たくさんの参拝客の想いや願いを受け止め。背中に2つの“排気口”を開けられながらも。数え切れないほどの人々を胎内に受け入れてきた。そんな大仏の背中を見つめているうちに、自然と涙が流れてきてしまったの。
なんて……。なんて大きな存在なのだろう。姿形の巨大さだけじゃないわ。存在感が、とてつもなく大きいのよ。翻って、私という存在の、なんとちっぽけなことか。恋人が来たいという場所なら、喜んで付き合ってあげればいいのに。不満や文句ばかり並べて……。
「鎌倉大仏なんて、ベタすぎてつまらなかったでしょ。ゴメンね。じゃあ、帰ろうか」と恋人が言う。うううん。入ろう。「え、どこに入るの?」。決まってるじゃない。大仏の胎内によ。
薄暗く、涼しげな胎内は、大仏の外見以上に作り物感に満ちている。それなのに、なぜだろう。まるで本当の生き物の胎内に入っているかのような感覚を覚える。涼しげなのに、どこか、温かい。母親の胎内にいた頃の記憶なんて無いけれど、きっと、こんな居心地だったんだろうな。
大仏の胎内を出て、境内の奥へ進むと、木々が立ち並ぶちょっとした広場のような場所がある。木には、「リスにエサを与えないでください」との札。そして、小学生たちが「リス、いた!」と騒いでいる。リスがいるのね。小さくて、すばしっこくて、キュートで、キュートで、キュートなリスちゃんがっ。ここにいるのねっ。
「そろそろ帰ろうか」と恋人が言いやがったわ。何を言ってるの!? リスちゃんがいるのよっ! 出逢うまで帰れるわけないじゃない。「3匹見た!」と小学生男子。マジかよ!? そんなにいるの!? 会いたいっ! キュートすぎるリスちゃんに会いたいっ!!
無類の小動物好きで知られる私は、それから小一時間ほど、恋人も起用した上でリス探しに奔走した。けど、結局会えなかったわ(涙)。アレかしら。ピュアな子供じゃないと会えないとかかしら。「まあ、僕は前来たときに見たけどね、リス」だとさ、恋人。チッ。
じゃあ帰ろうか、となって、さっき見た大わらじを横目で流す。うん…? 何アレ!? 俳句ポスト!? 近づいてみると、そこには専用の用紙があり、これに俳句を書いてポストに入れなはれという代物だったのよ、これが。
大仏にばかり目が行き、やや流されがちっぽい大わらじだけど、その横にある俳句ポストはもっと流されそう。って思わざるをえない存在感だわ。でも、私は流さないわよ。思いがけず楽しませてもらったからね、高徳院。もうこうなったら、骨の髄まで楽しんでやろうじゃないの。
どれ。一句。
ベタこそが 万人受けする 鉄板だ
フン。俳句なんか書けないわよ。何よ。大仏が笑っているわ。やさしい表情だわね。癒されすぎてやんなっちゃうわよ、ホント。
(木村吉貴/studio woofoo)