私の恋人は、鎌倉が好き。そして私はいつものように、恋人から鎌倉デートに誘われる。
私は、鎌倉を特に好きでも嫌いでもない。ただ……。古都・鎌倉には数多くのお寺があるけれど、私はお寺に興味がない。恋人はお寺巡りが好き。けど、私はお寺に、一切興味が無い。

だというのにさ……。今日のデートも、恋人に付き合って鎌倉のお寺巡り……。「今日行くのは、高徳院。有名な、鎌倉大仏が見られるところだよ」と、恋人はウキウキ話すけれど。

大仏……何この、イマサラ感。中学生の頃に校外学習で初めて訪れて以来、これまでの人生で4回ほど見たわよ、鎌倉大仏。寺に一切興味のない私が、4回もよ。
正直、見飽きた……。いくらなんでも、ベタすぎる。

まったく心躍らないまま、江ノ電の長谷駅を降りる。海を背中に、高徳院方面へ。足取り重し……。なんていうか。海を見に行くとかの方が、デートらしいと思うのよね。高徳院と逆方面に向かえば、海があるのよね。だというのにさ。私と恋人が向かうのは、あくまでもお寺……。あくまでも大仏……。

大仏。
ダイブツ。ダイブッコン。ああ、なんか子供の頃に聞き覚えのある言葉だなあ。ダイブッコン……。たけし? 元気が出るテレビ? なんか、動く大仏だったような気がするなあ「ダイブッコン」。「大仏魂」と書いて、「ダイブッコン」。ああ、こんなのが思い浮かぶなんて、年齢がバレちゃうかなぁ……。なんて思っているうちに着きました、高徳院。周りは、お土産屋さんや飲食店などが並び、観光地っぽい雰囲気。けど、心はやっぱり躍りません。なんてったって……大仏だもの。

拝観料200円を払う。
フン。安いわね。良心的な価格設定じゃないの。門をくぐって、まず水で手をお清め。……不思議なものね。どのお寺に行っても、こうして手を清めると、心まで洗われるような気持ちになるのよ。

境内を進むと、ハイ出ました、ダイブッコンもとい大仏様。フン。相変わらずデカイわね。何さ。デカけりゃいいってもんじゃないわよ。…ま、まあでも、やっぱりこれだけ大きいと見ごたえはあるわね。
見飽きた存在だと思っていたけど。まあ、目の前にするとやっぱり見ちゃう存在だわ。

遠足かしら、小中学生の姿を多く見かけるわ。楽しそうにハシャいでいる。はじめて鎌倉大仏を見た、中学生時代の自分を思い出すわ。フフッ。そうよね。あの頃の年代だと、大仏の巨大さが大人以上に感じられたりして、興奮するのよね。

「ハアッ、ハアッ。すげえ。大仏、でけえ」と、尋常じゃなく興奮しているのは私の恋人。何よそれ。
子供たちを凌駕する興奮ぶりって。どんだけ大仏ラヴなのよ。……それにしても、子供たちだけでなく、お年寄りも多いわね。やっぱり、大仏は心安らぐ存在ってことかしら。

境内を見渡すと、平らで大きな石があちこちにあり、そこにお年寄りをはじめ、たくさんの参拝客が腰掛けている。「あれは、『礎石』といって、創建当初の大仏を収めていたとされる堂宇を支えていた石だよ。境内には56基ほどの礎石があるんだって」と恋人が教えてくれた。なるほど。そもそも腰掛け用の石ってわけじゃないんだろうけど、参拝客にとってはちょうどいい休憩場所になっているのね。石の上でお弁当を広げて食べている小学生もいるわ。参拝客に便利でやさしい設計、って感じね。

大仏に近づき、賽銭を入れ、拝む。
で、あとどうすんのよ。大仏の中に入れるのは知っているけど、これまでも来る度に入ってきたから、もう興味ないわ。帰るの? ねえ、もう帰るの? 「じゃあ次は、大仏様のわらじを見に行こう」と言って恋人は、大仏を正面に右手を指した。

ウホッ。でかっ。恋人の指差す方を見てみると、巨大な藁草履が壁に飾られていた。「このわらじは、茨城県常陸太田市の子供会が3年に1度つくって、高徳院に奉納してるんだ」とウンチクをたれる恋人。もう半世紀以上もの間、奉納が続けられているらしいわね。
大仏の周りには人だかりが絶えないけれど、なぜかこの巨大な藁草履に人だかりはできない。けれど、パッと見てかなりの迫力があり、じっくり見ると丁寧なつくりであることがわかるわ。これまで4回、高徳院を訪れたけれど、この大わらじは見逃していたか、見ていたとしてもサラッと流していたのね、きっと。でもコレ、実は大仏並に見ごたえがあるわよ。
「この大わらじを大仏様が夜な夜なこっそり履いているらしいね」と真顔で言う恋人。アホらしい、と思いながらも、大仏がコレを履いて歩く姿(しかも夜に)を思い浮かべると、なんとも楽しい気持ちになるわね。

ここらでちょっと一息つきたいわ。ということで、大仏の後方にあったベンチに腰掛ける。すると、大仏の背中にある2つの扉が目に入った。排気口? なんか、あんなの見ちゃうと…。なんとも作り物感丸出しで、ちょっぴりガッカリしちゃうわね。なんて思いながら大仏の背中を見つめていると…。

ツツーッ。えっ? やだ。私。目から水が流れてきたわ。何? なぜ? どうして泣くの、私。作り物感丸出しの、大仏のコッケイな背中。けど、見ているうちに…なんていうか……。ネコ背な大仏の背中。所々見られる色落ち。哀愁すら感じられる。長い長い間、雨風にさらされながらも。たくさんの参拝客の想いや願いを受け止め。背中に2つの“排気口”を開けられながらも。数え切れないほどの人々を胎内に受け入れてきた。そんな大仏の背中を見つめているうちに、自然と涙が流れてきてしまったの。

なんて……。なんて大きな存在なのだろう。姿形の巨大さだけじゃないわ。存在感が、とてつもなく大きいのよ。翻って、私という存在の、なんとちっぽけなことか。恋人が来たいという場所なら、喜んで付き合ってあげればいいのに。不満や文句ばかり並べて……。

「鎌倉大仏なんて、ベタすぎてつまらなかったでしょ。ゴメンね。じゃあ、帰ろうか」と恋人が言う。うううん。入ろう。「え、どこに入るの?」。決まってるじゃない。大仏の胎内によ。

薄暗く、涼しげな胎内は、大仏の外見以上に作り物感に満ちている。それなのに、なぜだろう。まるで本当の生き物の胎内に入っているかのような感覚を覚える。涼しげなのに、どこか、温かい。母親の胎内にいた頃の記憶なんて無いけれど、きっと、こんな居心地だったんだろうな。

大仏の胎内を出て、境内の奥へ進むと、木々が立ち並ぶちょっとした広場のような場所がある。木には、「リスにエサを与えないでください」との札。そして、小学生たちが「リス、いた!」と騒いでいる。リスがいるのね。小さくて、すばしっこくて、キュートで、キュートで、キュートなリスちゃんがっ。ここにいるのねっ。

「そろそろ帰ろうか」と恋人が言いやがったわ。何を言ってるの!? リスちゃんがいるのよっ! 出逢うまで帰れるわけないじゃない。「3匹見た!」と小学生男子。マジかよ!? そんなにいるの!? 会いたいっ! キュートすぎるリスちゃんに会いたいっ!!

無類の小動物好きで知られる私は、それから小一時間ほど、恋人も起用した上でリス探しに奔走した。けど、結局会えなかったわ(涙)。アレかしら。ピュアな子供じゃないと会えないとかかしら。「まあ、僕は前来たときに見たけどね、リス」だとさ、恋人。チッ。

じゃあ帰ろうか、となって、さっき見た大わらじを横目で流す。うん…? 何アレ!? 俳句ポスト!? 近づいてみると、そこには専用の用紙があり、これに俳句を書いてポストに入れなはれという代物だったのよ、これが。

大仏にばかり目が行き、やや流されがちっぽい大わらじだけど、その横にある俳句ポストはもっと流されそう。って思わざるをえない存在感だわ。でも、私は流さないわよ。思いがけず楽しませてもらったからね、高徳院。もうこうなったら、骨の髄まで楽しんでやろうじゃないの。

どれ。一句。
ベタこそが 万人受けする 鉄板だ
フン。俳句なんか書けないわよ。何よ。大仏が笑っているわ。やさしい表情だわね。癒されすぎてやんなっちゃうわよ、ホント。
(木村吉貴/studio woofoo)
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