阿部寛の異人感が絶好調だ。なにしろ「テルマエ・ロマエ」だもの。
ローマ人より顔が濃い日本人俳優という需要が、いったいどれくらい必要なのか、よくわからないが、阿部ちゃんの力が必要にしちゃったのだと思う。

そして現在、阿部寛は舞台「シンベリン」(蜷川幸雄演出)でもイタリアに渡っている。いや、正確に言えば、イタリアに渡るブリテン人(イギリス人)を演じているのだ。
ローマ人役やらブリテン人役やら、大忙しの阿部ちゃん。日本人離れした二枚目・阿部寛が醸し出す、どこにいても居心地悪そうな感じが、かえってとってもチャーミングであることに対する賞味期限が、こんなにも長く続くなんて誰が予想していただろうか。

ではまず、阿部寛の歴史をサクッとおさらいしてみる。
モデルとしてデビュー。爽やか二枚目として人気を博すが、93年、つかこうへい作、演出の舞台「熱海殺人事件モンテカルロイリュージョン」でバイセクシャルの部長刑事を演じて演技派へとイメージチェンジ。00年から開始されたドラマ「TRICK」シリーズで、頭がいいのにどこかズレてる物理学者・上田が当たり役に。「どんと来い、超常現象」というキャラクター本もヒットしたこの役を演じ続けて既に12年も経過した。コメディも時代劇もアニメの声優もリアルな日常生活を描いた作品も多彩にこなす阿部だが、常に「ここではないどこか」を見つめているような瞳が、観客を惹き付けてやまない。

そして、ここへ来て、阿部寛はますますアグレッシブ。
漫画原作映画だけでなく、本格派シェイクスピア劇においても異人ぶりを発揮する。
シェイクスピア劇「シンベリン」での阿部は、大竹しのぶ演じるブリテンのお姫様の旦那様役。でも、彼女の父王にふたりの仲を認めてもらえず、イタリアに追放になってしまう。
常に全身全霊でどっぷり芝居の世界へ入り込んでいくように見える元祖北島マヤ系女優・大竹しのぶに対して、阿部ちゃんの演技は控えめ。終始「なんでオレ、ここにいるんだろう?」というような両手ブラリの棒立ちな風情なのだ。そこに、この役の人の善さが感じられるのと同時に、「これ、お芝居ですから」「だって、外国人役なんてそうカンタンにできませんよ」というアンサーを受け取った観客は、少し気楽になれるのだ。ナイス、阿部ちゃん!

日本人が演じる外国人への異和感。ブリテンから来た人がひとりイタリア人たちに囲まれてしまっている異和感。阿部寛からは延々、異和感が漂って見える。彼からムンムンと発される「異和感」こそが「異人感」のヒミツと見た。
そして、阿部寛のこの魅力が最大限に発揮されるのは、宿敵と対峙するシーンだ。イタリアにやってきた阿部ちゃん演じるポステュマスは、イタリアの伊達男っぽい男ヤーキモーと故郷に残してきた妻を巡って賭けをする。
それは、イタリア男が彼女の貞操を奪えるかどうか!というもの。
ヤーキモー役は窪塚洋介である。彼は、イタリアなのになぜか「源氏物語」の巨大な屏風絵を背景にして登場。緋毛氈の上に載ったキャピタリーノの狼像の上に寝転んで煙管をふかす姿にはあやしい色気が漂いまくる。さすが蜷川実花さんのお父様・巨匠・蜷川幸雄演出!

考えてみれば、窪塚君も異和感俳優のひとりである。人気絶頂期から紆余曲折を経て著書『放尿』発表後の現在まで、常に世間と折り合わない孤高な雰囲気をまとっている。ただ、阿部と違うのは居心地が悪そうな気配は微塵も見せず、常にオレオレオーラを振りまいているところ。そのオレオレ感が屏風絵、緋毛氈に象徴されている。
窪塚ヤーキモーは自信満々でお姫様に迫る。ところが潔癖な彼女にあえなく撃沈。にも関わらず彼女を手にいれたと嘘をつき、素直に信じちゃった阿部ポステュマス、ぬおおおおおおおお!と頭に血が昇ってしまう。
傍若無人の悪魔ッ子な手さばきで窪塚君がジワリジワリと阿部ちゃんを攻めると、彼のどこにいてもなんだか居心地悪そうな「新参者」感がますます際立っていく。
ちょうどイタリアに追放になって来たのだから、もうピッタリ。

この阿部VS窪塚の様子を見ていたら、なぜか、「池袋ウエストゲートパーク」のキング(窪塚)にいいようにあしらわれて、「TRICK」の上田(阿部)が地団駄踏んでる図を勝手に妄想してしまった。なんかもう、ドラマファン夢の競演なのですよ。
怒った阿部ポステュマスが浮気者の妻なんか殺してしまえ!とブリテンにいる召使いに指令を出したことで、お芝居は複雑に入り乱れていく。人ってカンタンに嘘を信じて激昂しちゃうのね、嫉妬っておそろしい、ガクブル、となんだか昼ドラを見てるような気分で、その展開に目が離せません。 

シェイクスピアと聞くと、古い作品だし、あんまり面白そうな印象を受けない方もいるかもしれないが、案外カジュアルだなあ、と思わされたのがこの舞台。テレビでもおなじみの俳優が演じていると、さらに受け入れやすい。台詞が長くてくどい、なんてことをツッコむシーンもあって、シェイクスピアさんもわかってんじゃん!と俄然親しみが沸く。
タイトルになっているシンベリンの出番がものすごく少ないことについては、ミステリーと考えても良さそうで、その答えがラストでしっかり解けるようになっている。しかも、それによって、それまで恋愛、追放、賭け、陰謀、絶望、諍いなどがドタバタジタバタと進行していったものが、最後の最後で美しくまとまりスッキリするのだ。これぞ世界の蜷川幸雄ハイクオリティー。

この舞台は、本場イギリス・ロンドン公演も行われる(5月29日から6月2日まで)。

そう、阿部寛の海外舞台デビューなのだ。
彼の異人姿はイギリス人から見たらどう映るのだろう? やっぱりイギリス人より濃い!なのだろうか。イギリス人は彼の経歴にある「テロマエ・ロマエ」などについてどう思うのだろうか?
そして、なにより、日本が誇る2大異和感俳優、阿部寛VS窪塚洋介をイギリス人がどう楽しむのか、誰か観てきてくれないだろうか。
(木俣冬)
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