前作からはや4年、いよいよ日本でも公開され『バットマン ダークナイトライジング』。2005年の『バットマン・ビギンズ』から始まった新生バットマン映画もシリーズ三作目、次の監督はどうなる?とあれこれ噂が飛びかったものの、クリストファー・ノーランがつつがなく続投。
二作目『ダークナイト』のクォリティー再びと胸を高鳴らせたものです。
今作『ダークナイト・ライジング』はどうだったのか? その前に、ちょっと英語のお勉強。原題は『THE DARK KNIGTH RISES』なんですが(ダークナイト“ライゼス”より“ライジング”の方が発音しやすいもんねえ)、「RISES」って何なの? Webの英和辞書でメジャーなgoo英和辞書をひもとくと、当てはまりそうなのは……

・上がる, 立ち昇る, 立つ
・〈太陽・月・星が〉昇る(⇔set)
・(地位・重要性・評価などにおいて)高くなる, 向上する
・立ち上がる, 起き上がる.
・(…に反抗・反対して)立ち上がる, 蜂起する
・(死から)よみがえる, 生き返る

ふむふむ、なかなか含蓄に富んだ多義的な言葉ですね。で、実際に映画館で観てきましたが……映像として確認できた答は、「ダークナイトことブルース・ウェインが(壁を)登る」。なんと物理的にライゼス!
もっとも、メインタイトルは映画のいろんな側面を象徴するものだから、「壁を登る」のも“rise”の一面。バットモービルで地面を走ってるより新兵器の「バット」で空に“上昇”している場面も目立ってたし、コテンパンにされて「死の淵から蘇る」っていう復活劇もあります。メインのヴィラン(悪党)であるベインがも強くて速くて頭がキレるし、セリーナ・カイル……っていうかキャットウーマン(リアル志向だから猫のコスプレしないぜ!)に出し抜かれたり、今回のバットマンはしょっちゅうヘコむ。それだけどん底から“rise”するシーンも多いってわけ。
しかし、本当にバットマンが、いやノーラン監督が“rise”したかったものは? 自分の映画界での評価をてっぺんにまで押し上げ、乗りこられない壁として立ちはだかってる前作『ダークナイト』じゃないのかなと思えるのです。

●「正義と悪」を鮮烈に打ち出した前作「ダークナイト」

バットマンの歩んだ道をざっと振り返っておきましょう。1939年にアメコミ雑誌『Detective Comic』(マーベルに比肩するもう一つのブランド・DCコミックの原点)でヒーロー漫画として生まれた蝙蝠コスプレ男は、70数年の生涯を送ってきたとあって設定もコロコロ変わってきたし、映像化された作品も山のようにあります。
 中でも転機となったと言われるのが、86年のフランク・ミラー原作によるコミック『バットマン:ダークナイト・リターンズ』。
ケバケバしい衣装で大立ち回りする愉快なヒーローから、両親を暴漢に殺害された孤独な大富豪が、自らの命を危険にさらしてゴッサム・シティという架空の街を守る「自警団」へ。そんな原点に立ち戻ったこの作品は、アメコミの「お子様向け」なイメージを拭い去って「大人向け」への大転換にも貢献しました。いまハリウッド映画でアメコミヒーローが主流の一角を占めているのも、本作のおかげと言っていいぐらい。
ノーラン版バットマンは、この『ダークナイト・リターンズ』および、同じフランク・ミラー原作の『バットマン:イヤーワン」が下敷き。暗い過去を背負い、法を犯す「自警団」として警察に追われることもあるダークヒーロー。誰にも頼まれないのにクライムファイター(犯罪者と戦う人)に身を投じ、自らも犯罪者ではないか? 正義と悪の境目はどこにあるのか……と苦悩するバットマン像を、ノーラン監督は厳かな面持ちで映像化。その姿勢は、シリーズ三作を通じて一貫してブレてません。
そうした「正義と悪」に悩める“暗黒の騎士”がいとも鮮やかに打ち出されたのが、第二作の『ダークナイト』。いくら「正義」を目指そうとも、法の外にいる「暗黒の騎士」では悪の芽は摘みきれない。自らに限界を感じたバットマン=ブルースは、熱血検事のハービー・デントが「光の騎士」になってくれると夢を見て、自らは引退しようと考え始めました。
マフィアの息がかかった銀行を平然と襲うピエロのような白塗りの男・ジョーカーは、いわば「悪のバットマン」。やはり目的のためには、手段を選ばない。
違うのはただ一つルールに縛られないということ。自分を囮にして警察をペテンにかけるジョーカーは、人心を操って殺人を犯させることも笑いながらやってのける。
バットマンは犯罪者を殺さないという「ルール」に縛られて後手後手に回り、ついに「光の騎士」デントまで闇に落とされ……。もう一人の悪党・トゥーフェイスがコイントスをするのが、なんとも象徴的。ジョーカーとバットマンは、一枚のコインの表裏だったのでしょう。

そして三作目の『ダークナイト・ライジング』。バットマンのコアなテーマである「正義と悪は紙一重」は、前作でやりきっちゃってる。
しかもジョーカーは『キリングジョーク』ほかバットマンの本質を語る名作コミックに絡んでたり、『アーカム・アサイラム』や『アーカム・シティ』といったゲーム版でもラスボスを演じてる大物。けど、再出演させようにも、殺人者の目をした愉快犯を狂気の完成度で演じたヒース・レジャーはもはや故人。どーすんのノーラン監督? 公開前のワクワクより、切り札(ジョーカー!)を出し切った後の心配が先立ってしまったもの。
有終の美を飾る三作目のテーマに選ばれたのが「最強」。トリをつとめるのは、コミック版ではバットマンの背骨をへし折り、一度は引退に追い込んだベイン! マッチョなガタイなのに頭脳も明晰(バットマンの正体を自力で突き止めた)な最悪の敵なら、相手にとって不足なし。

出演者の面々は、どれも最高の頑張り。ベイン=トム・ハーディは『インセプション』とは同一人物とは思えないガチムチ肉体改造をしていて、知性あふれる悪党の風格もあり。セリーナ・カイルも峰不二子ばりの悪女の中に人の良さもあり、若い警官のジョン・ブレイクもバットマンのいないゴッサムで孤軍奮闘(バットマンの相棒といえば……?)。アルフレッドやゴードン、ビックリドッキリメカを開発するフォックスなど、いつもの顔ぶれも相変わらずいい味出してます。
画面の絢爛豪華さたるや、ハリウッドでも例を見ないレベル。アメフトのスタジアムが崩壊するシーンや、「バット」がビルの合間を縫って飛ぶシーンなど、絶対CGと思える場面がなんと実写! コンピュータで水増ししてない群衆がぶつかり合うド迫力は、劇場で見ないとソンでしょう。

●原作コミックを意外と尊重した『ライジング』、しかし前作と比べると…

しかし、ベインはジョーカーより圧倒的に退屈な悪党。こればっかりはどうにもならない。別に世紀末と化したゴッサムでの筋肉ダルマは『北斗の拳』の小悪党にしか見えないとか、ベインにしては小柄だとかビジュアルだけではなくて、ベインもまた過去という名の「ルール」に縛られている。ここには前作のような「一人の独善か、民主主義の正義か」という緊張感はない。ベインとバットマンどっちが強いか、ただそれだけ。
その「過去」ってのも、シリーズ三作目で締めくくる要請だから、ベインの責任じゃない。
一作目の「ビギンズ」から始まった物語が、くるりと輪をかいて「ビギンズ」に戻る。円環を美しく閉じさせるため、ベインに重荷が背負わされた感じ。
「ビギンズ」は重々しく描かれてはいるが、思いっきり単純にいうと「金持ちのボンボンが中国の奥地にニンジャの秘術を学びに行く」お話。渡辺謙のラーズ・アル・グールが不死身だとか、でっかいお屋敷の地下に秘密基地にできる洞窟がたまたまあったとか、ブルース家が持ってる会社の秘密部門で運良く軍用車や強化スーツが開発されてたとか、ありえない設定をリアルの衣を着せて観客に飲み込ませました。
これは馬鹿馬鹿しいようで、バットマンを「リアル」にリメイクするには避けて通れない道。蝙蝠のコスプレも「犯罪者を恐怖させるため」という理由付けをすれば、観客は「ファンタジーだから」って色眼鏡を捨ててくれる。「ビギンズ」は、基本設定をドラマの形で語ったシリーズの前説だったはず。
そうした前説があったから、続編「ダークナイト」は正義と悪というテーマにいきなり踏み込めました。犯罪者はリアルだ、でもなぜ蝙蝠男がスーパーカーに? 野暮な違和感を抱かずに、見る人はすんなりゴッサムの住人になれたのです。
でも三作目で、シリーズはお開き。リアル志向と言いながら、ノーラン監督は「影の同盟」って最も荒唐無稽な設定を律儀に守るほど原作を尊重する人。バットマンがベインにやられてから復活するまでが間延びしちゃうのも、コミック版の『ダークナイト・リターンズ』での荒廃したゴッサムやブルースのリハビリを再現したかったからでは。
「背骨がへし折られる」→「背骨がズレてた」とズッこけるアレンジも、折れてたら数ヶ月で治るわけないじゃん!ということでしょう。
そしてオチは……みなまで言いませんが、マリオン・コティヤール演じる役の正体を公開前に言い当てたアメコミ好きのブログが結構あったのも、「原作を大切にするノーラン監督」のイメージをいっそう強くします。
そんなわけで『ダークナイト・ライジング』は、ノーラン監督がコミック版をリスペクトした三部作のフィニッシュとしては百点満点。でも、「ダークナイト」の続編と思っちゃいけません(設定はつながってるけどさ)。もうヒース・レジャー版ジョーカーは地上のどこにもいないと、不在の寂しさを新たにするだけですから。
(多根清史)

祝公開! チェックしておきたいバットマン

バットマンVSベイン

バットマンを倒した悪党・ベインがいかにして最強になったのかを克明に追った一冊。生まれた時から終身刑を言い渡された男が鋼の意志でのし上がる姿は、大富豪のバットマン以上に感情移入してしまうかも。

ジョーカー ナース服

映画『ダークナイト』ではバットマンの存在感を喰ってしまった地獄の道化師・ジョーカー。不慮の死を遂げたヒース・レジャーを悼んだノーラン監督は、ナース服版ジョーカーのフィギュア化は許可しないんだとか。

DARK KNIGHT バットマン:ダークナイト

ノーラン版バットマンの元ネタと言っていい本。55歳になったブルース・ウェインがバットマンとして復活する『ダークナイト・リターンズ』と、その続編である『ダークナイト・ストライクス・アゲイン』の2作を収録。

バットマン アーカム・シティ

『ダークナイト・ライジング』でのバットマンの活躍しなさにストレスが溜まった人は、ぜひゲーム版『アーカム・シティ』をプレイしてもらいたい。
マニア向けのようで、用語辞典も充実しているので実は初心者向き。
編集部おすすめ