来週金曜、「踊る大捜査線」の2年ぶりにして完結編となる映画が公開される。それを前に明日(9月1日)21時からはフジテレビ系列にて「踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後…」と題してテレビスペシャルの放映も予定されている。


「踊る」はもともと、いまから15年前の1997年に放映されたテレビシリーズだった。15年と一口にいっても、やはりその間の変化は思いのほか大きい。今回その全11話を一挙に見返したところ、織田裕二演じる新米刑事の青島俊作は歩きタバコで出勤してくるし、女子高生たちはことごとくルーズソックスをはいていた。舞台となる湾岸署は周囲に空き地が広がり、警視庁の刑事たちからは「空き地署」とバカにされる始末。これというのも、前年に臨海副都心で開催が予定されていた世界都市博覧会が、時の東京都知事・青島幸男の公約により中止に追い込まれたせいで、開発が一時ストップしてしまったからだ。ドラマのなかで青島刑事は何かと「都知事と同じ青島です」と自己紹介するが、ここには青島都知事への皮肉も込められていた。


さて、シリーズを見返してあらためて気づくのは、ドラマの展開上、いかりや長介演じるベテラン刑事・和久平八郎がきわめて重要な役割を担っているということだ。そもそも本作の放映期間は和久の定年までのタイムリミットと重なり、終盤では彼のやり残した仕事を青島はじめ後輩たちが右往左往しながら解決していく。「踊る大捜査線」はテレビシリーズにかぎるなら、勤続30年のヒラ刑事が新米刑事に対し、現場の刑事としてのスピリッツを伝えていくさまを描いた作品だといっても過言ではないだろう。この記事では、そんな和久の“名言”を各話のセリフのなかから独断と偏見で選んで紹介したい。

「なあ青島、あの事件はおまえの事件なんだよ」(第1話)
サラリーマン生活に嫌気がさして転職した青島だが、交番勤務を経て刑事となって早々、事件現場において「本店」たる警視庁の刑事たちが所轄署の警官たちを見下す構図を目の当たりにして落胆する。和久と初めて顔を合わせるのはこのときだ。

初仕事では肝心の捜査には直接かかわれず、ひたすら本店の使い走りをさせられてすっかり腐ってしまった青島に、和久がかけた言葉がこれ。セリフはこのあと「おまえは運転手をやった、俺は聞きこみの道案内をやった。それも刑事(デカ)の仕事だ。犯人に手錠をかけるのは上の者がやればいいんだ。俺たちは犯人を追う兵隊だ。それでいいんだ」と続く。
どんな仕事でも誇りを持ってやれという和久の信念がうかがえよう。

「お守りを身につけて殉職したやつを3人知ってるよ」(第2話)
第2話にして神回。とくに後半、和久と青島が爆弾事件に巻きこまれるくだりはシチュエーションコメディとしても傑作だ。何者かから和久宛てに送られてきたマッサージチェアに、当人が座ってから爆弾が仕掛けられていることがわかり署内はパニックに。一歩遅れて警視庁から電話で、椅子はかつて和久から取調中に暴力を振るわれた男(伊藤俊人)が復讐のため送りつけたものであることが伝えられる。以後、爆発を防ごうと椅子に触れた青島まで身動きがとれなくなったりと、事態がどんどんこじれていくさまがとにかくおかしい。

くだんのセリフは、青島が気休めに交番勤務の頃に近所のおばあさんからもらったお守りを渡そうとしたことへの切り返し。ピンチに陥っているにもかかわらず、細かい数字をあげるなど妙に冷静なのがまた笑いを誘う。なおお守りは本話以降も何かにつけ登場する。

「手錠は刑事にするもんじゃない。相手が違うだろ」(第3話)
刑事課の紅一点・恩田すみれ(深津絵里)の捜査するひったくり事件の容疑者が、官僚の息子であることが判明、警視庁は彼を逮捕しないよう湾岸署に圧力をかけてくる。そのやりくちに怒ったすみれは、この一件をマスコミに流すと留置場に立て籠もる。
青島は彼女を説得しようとするも、手錠で鉄格子にくくりつけられてしまう。続いて神田署長(北村総一朗)・秋山副署長(斉藤暁)・袴田課長(小野武彦)・中西係長(小林すすむ)らが説得にあたるのだが、互いに責任をなすりつけあうばかりでまったく効果がない。そこへ和久が現れ、上の一言でようやく騒ぎは収拾する。
この場面にかぎらず、テレビシリーズ全編を通じてコメディリリーフの役割はもっぱら署長・副署長・課長の3人組(のちに「スリーアミーゴス」と命名される)が担い、本来コメディアンであるはずのいかりや演じる和久はそんな彼らに対するまとめ役、ツッコミ役という印象が強い。いや、考えてみればドリフターズでも長さんは、ほかのメンバーからいじられることはあれ自分から笑いを取っていくってことはあんまりなかったっけ。

「青島、刑事はサラリーマンじゃねえんだろ? だったら上の者のために信念曲げることなんてねえよ。
……なんてな」
(第4話)
警視庁のキャリアである室井管理官(柳葉敏郎)からじきじきに警視庁捜査一課の捜査への参加を要請された青島。本店への栄転のチャンスだったが、持ち前の正義感からこれをふいにしてしまう。容疑者は無事逮捕されたものの落ち込む青島に、和久がかけたのが上の言葉。「なんてな」は、まじめなことを言ったあとで照れ隠しに和久がよく使った文句だが、この場面はとりわけ印象深い。

「俺にマニアなんて言葉使うなよ! 俺のは趣味なんだ。いいか、ちゃんとした大会にも優勝してんだよ、おまえ」(第5話)
すみれが野口というアニメオタク(伊集院光)につきまとわれた末、傷害を負わされるという事件が発生。野口は3年前にも彼女を襲い逮捕されていたが、最近出所したばかりだった。和久と青島は野口宅を捜索、このとき和久がマニアの心理が理解できないと言い出す。マニアでも物事の分別がついていれば問題ないという青島は、盆栽が趣味という和久も立派な「盆栽マニア」だと説明する。上のセリフはそれに対する和久の抗弁。だがこのあと部屋の壁にかけられていた「全国アニメマニアクイズ大会 準優勝」の賞状を見せられ、ついに引き下がる。
ちなみに、このころからストーカーという言葉が定着し、「踊る」と同時期にはタイトルにストーカーとついたドラマが2作も放映されている。ただしストーカー規制法の施行はこれよりさらに先、2000年まで待たなければならなかった。

「もうすぐ定年だから忘れようと思ってたんだけどなあ。おまえが来た。奴のことを思い出した。そしたらまた忘れられなくなっちまった」(第6話)
篠原ともえやたまごっちなど、放映当時の流行りものが続々と登場する回。麻薬密輸事件の捜査のため、青島と和久はアパートの一室を借りて張り込みを行なう。このとき和久の口から、テレビシリーズ後半の鍵となる八王子警察官殺害事件の詳細が初めて語られる。殺された警官は和久の後輩であり、自分のミスが彼を死に追いこんだのだとずっと責任を感じていた。彼の享年はいまの青島と同じ。そこで出てきたのがこのセリフだった。青島との出会いが、定年間際になって和久の刑事魂に再び火をつけたのである。

「青島、偉くなれ」(第7話)
前出の麻薬密輸への関与を疑われた柏木雪乃(水野美紀)の潔白を晴らすべく、青島たちは警視庁の捜査本部ににらまれつつ独自の捜査を続ける。このなかで、和久が自らの足で築いてきた捜査ネットワークがあきらかに。
青島は和久の助言に従い、彼の旧知の警察官僚である大河内(浅野和之)と会い情報を得る。その別れ際に教えられたのが、「正しいことをしたければ偉くなれ」というかつての和久の言葉だった。事件解決後、その言葉の意味を本人に訊ねた青島だが、「偉くなって、警視庁行け」などとそれまで現場主義を貫いてきた和久らしからぬ発言に戸惑うばかり。「30年、ヒラの刑事(デカ)やってきた俺の結論」として出てきたのが上のセリフである。青島はこのあと回を追うごとにその真意を理解するようになる。

「俺だけはな、おまえの味方だから」(第8話)
警視庁上層部の意向により、湾岸署管内の事件でもプロファイリングによる捜査が導入された。機械を駆使したりデータを至上とする捜査に対し、足を使っての捜査に執着する和久は強く反発する。その後、彼が独自の捜査で目星をつけた久保田という男(石塚英彦)を青島が署まで連行し取り調べを行なうのだが、その強引なやり方に相手が激高、暴れ出す。このときとっさに和久はこのセリフで久保田をなだめる。
一方、プロファイリングチームはデータから渋谷という別の男(岡安泰樹)を割り出し、取り調べを行なう。しかし渋谷はウソ発見器を使った執拗な取り調べにたまりかね、暴れ始める。ここで青島は彼をなだめるため、さっきの和久のセリフを真似するのだった。和久の、どんな相手でも人間として扱うという信条が、青島に引き継がれた瞬間である。

「これ、傷害で立件するかい?」(第9話)
夫による妻殺害事件で、トラブルの原因である夫の愛人を保護することになった湾岸署の刑事たち。終盤、この事件がらみで青島が殺されかける。本話では和久の名言らしい名言がなかなか出てこないのだが、しいてあげるなら事件解決後のこのセリフを。青島を刺した男(阿部サダヲ)の処置についての質問で、結局事情を汲んで立件は見送ることとなる。

「ああいう男は利用するのはいいけど、一線を越えちゃなんねえ」(第10話)
六本木のカジノのオーナー“もぐら”(真木蔵人)に、八王子警察官殺害事件に関する情報を提供するため条件を提示された青島。あきらかに法律に反する条件ながら、和久のやり残した事件解決のために苦渋の決断を迫られる。しかし署に帰った青島からこのことを打ち明けられた和久は、「だめだ。そんな条件飲むな」とぴしゃり、続けてこのセリフを口にする。
結果的にもぐらから情報を得て、ひとりの男を湾岸署にひっぱってくる。その取り調べのさなか刑事課の同僚の真下警部(ユースケ・サンタマリア)が撃たれ、ドラマはいよいよクライマックスに入ってゆく。

「じゃ、あとは頼んだよ」(最終話)
ラスト、長年の懸案だった事件の被疑者・安西(保阪尚輝=現・尚希)を捕まえ、その取り調べで和久は青島を自らの継承者として紹介する。このときの長ゼリフも胸に迫るものがあるのだが、青島に無事仕事を引き継いだあと、刑事課を立ち去る際のこの言葉もいかにも飄々とした和久というか長さんらしくていい。

リアルタイムでこのドラマを見ていたときから和久刑事の印象は大だったが、今回テレビシリーズをあらためて通して見て、「よくぞ長さんを起用してくれた」という思いを強くした。一体、いかりや長介以外の誰が和久刑事を演じられるだろう。2004年の彼の逝去ののち撮られた映画続編で、ついに彼の代役をあてられなかったのもいたしかたないことだと思う。

テレビシリーズからは、いかりやへの、またコメディへのリスペクトが随所に感じられる。思えば、本作の脚本家である君塚良一は、かつてドリフのライバルでもあった萩本欽一門下の出身だ。それから主人公の名前の由来となった青島幸男はもとはといえば、ドリフの先輩たるクレージーキャッツのブレーンにしてタレントである。してみると「踊る」には、じつは日本の偉大な喜劇人たちへのオマージュという裏テーマが隠されていたのではないだろうか。……なんてな。(近藤正高)