よく数学は美しい学問だといわれる。小川洋子さんの小説『博士を愛した数式』のなかでも、博士がオイラーの公式の美しさを愛していたが、一般の人にとってその美しさを実感することはなかなか難しい。


紙の上で眺めているだけではなかなかイメージがわかない数式だが、目に見えるカタチに表現した「数楽アート」(すうがくアート)を見れば、その美しさに魅せられる人は多いかも。

数楽アートとは、数学の2変数関数を立体グラフ化した、ステンレス製のアート・オブジェ。「z=axy」や「z=a(x^2-y^2)」といった関数が示す軌跡にそって切断した数十枚のステンレス鋼板を、職人が1枚ずつ手作業で格子状に組みあげたもの。数学の美しさと職人の技の融合による高次元アートなのだ。

表面は光沢を有するステンレス鋼材を使っているため、光をよく反射するのが特長。見る角度によって表情を変える深遠なフォルム、幾重にも重なる幾何学構造が織りなす神秘的な輝き……。まさに芸術とよぶにふさわしい美しさだ。

それにしても、なぜ数式をアートに? 商品を製造する株式会社大橋製作所の担当者によれば、数年前、とある大学の産学連携支援部門に打ち合わせで訪れたとき、室内に飾ってあった紙製の不思議な立体模型に目がとまったのがきっかけだという。

「これはなんですか? と聞くと、先生は嬉しそうに模型を手に取って説明してくれました」
不思議なオブジェの正体は、“2変数間数が描く軌跡にそって紙を切り、その紙を格子状に組み上げて関数が示す立体像を表現したもの”だった。
「そのとき、これが金属でできたらどんなに美しいことだろう……という先生のひとことが弊社の挑戦心に火をつけました」

もともと精密板金加工を得意とする同社。
「大学の先生を驚かせてみたいという気概とともに、弊社の技術力をアートの世界に広げることで豊かな生活空間を提供することに貢献したい、さらには日本の職人の高い技術を広く知っていただくことで、モノづくりに対する評価、誇りを取り戻したい。そんな想いから、数楽アートの開発をはじめました」
ちなみに、数を楽しむとかいて「すうがく」を読むのは、「数学も音楽のように楽しくしたい」という思いから。


細部まで精巧に作られているが、なかでもこだわったのはその美しさ。
「美しい作品づくりのためには鋼材表面につく傷は大敵でした。そのためレーザー加工機が動作する条件を細かく設定し、キズを付けずに組立てる専用の道具を作り、検証から指導までおこないました」

商品は全10種あり、なかでも人気が高いのは、馬の鞍のようなカタチをしたPEGASUS1、2。また、10月発売予定の最新作は自然科学や統計学でおなじみの「ガウス分布(正規分布)」をモデルにしたもの。同商品からはケースの取り外しも可能になり、実際にガウス関数の頂上から降りていく凸の曲面が凹の曲面に変化する変曲点を指で触って確かめることもできる。

価格は大きさや関数によってちがい、1万6,000円~。数学好きの人が自宅の観賞用に購入するのはもちろん、大学教授の退官祝い、大学・高専での教材や図書館のインテリアなどにも使われているそう。

見れば数学への興味も自然に生まれそうな数楽アート。あなたのお好みの関数は?
(古屋江美子)
編集部おすすめ