と聞いて、巨大な装置を使いまくることで有名なユーミンコンサートのようにド派手な演劇を見ることができるの? と期待したら、今回、装置は使わずミニマルな素舞台となるとのこと。なぬ、あのユーミン様もこの不景気の時代に節約? いやいや、ユーミンに地味は似合わない。
やっぱりとってもラグジュアリーなステージだった。
なんてたって101年の歴史を誇る帝国劇場ですから。インペリアルですから!
ユーミンこと松任谷由実は、70年代、荒井由実名義でデビュー以後ずっと日本の音楽界のトップランナーとして活躍してきたアーティスト。
青春のテーマソングはユーミン、というレディース&ジェントルマンはたくさんいるだろう。
特に80年代は、失恋のお供に、ドライブやスキーやサーフィンのお供に、「ねらわれた学園」など角川映画に浸るお供に・・・と、おしゃれな人もオタクな人もあらゆる局面でユーミンの曲を聴いていた。
原田知世に「時をかける少女」、薬師丸ひろ子に「セーラー服と機関銃」の曲を提供したのもユーミン。
90年代以降も例の大規模コンサートを行い始めるなど大活躍は続く。
これまで彼女が歌ってきた歌は通算370曲。
今回はその中から16曲を選りすぐり演劇と絡めて歌われる。
貫地谷しほり、吉沢悠という若手演技派のふたりが中心の珠玉の映画みたいに完成度の高い演劇とユーミンの歌う楽曲が溶け合って、観客はたちまちアナザーワールドへ連れていかれる。
「純愛物語meets YUMING」の物語は、
8月31日。千佳(貫地谷しほり)はなぜか警察に呼び出されてとある病院にやってくるハメに。
一年前に別れたきりだったのになぜ一彦は電話番号のメモをもっていたのだろう?
ベッドに横たわり何も語らない一彦の頭の中に千佳はダイブ。ふたりは一彦の脳内で再会する。
(リアル恋愛ものかと思ったら、ファンタジー展開)
こうしてふたりは、はじめての出会いから悲しい別れまでの数年間の思い出を遡っていく。それぞれの記憶をつなげていくと、お互いが知らなかった意外な事実がわかってくる。
別れはちょっとした誤解が原因で、千佳が思っていたこととは違っていた。
誤解が解けた今、ふたりは恋人同士に戻れるのだろうか・・・?
千佳と一彦が思い出すいろいろな出来事の合間合間にユーミンが登場して歌うという構成になっている。
「俳優の演技にインスパイアされて、自分自身の作品(楽曲)をもう一度見直す機会を与えてもらいました。
心のひだに俳優のエモーションが刻み付けられて、それがこれからの創作活動の必ず何かになると思う」
そうユーミンは語る。
突然現れた元カレに、忘れたはずの恋の傷が再び疼きだす、そんな女性の繊細さを帝劇という大劇場ながらしっかり見せる貫地谷しほりと、ちょっと不器用だけど恋人思いの誠実さが滲ませる吉沢悠。
ラブストーリーにお約束の恋のライバルなんかも現れてイライラ、ハラハラさせられつつ、千佳と一彦のかわいらしいピュアさにユーミンの歌が入ることで恋人たちの物語がさらに増幅していく。
舞台上の物語を超えて、観客ひとりひとりの思い出となって立ち上がってくるのだ。
シンプルなステージに映されるエフェクトは抽象的で、ユーミンの声の力が際立つ。
基本の音とは別な特別な音「倍音」をもつシンガーの誉れの高いユーミン。この倍音が聴く人の感情を大きく刺激する。
例えば今、初音ミクのデジタル声が、肉体をもたない分たくさんの人たちの記憶や想像力に訴えかけて人気だが、ユーミンの声って個有の肉体をもっているにも関わらず初音ミク的な広がりがあることが偉大だ。
ユーミンがいなかったら初音ミクは生まれていなかったかもしれないと言っても過言ではない(初音ミクが歌うユーミンってけっこういいんだよね)。
物語や台詞や歌詞にも共感するところはあるが、
ある瞬間、ユーミンの声が涙のツボを押す。
あ、やばい・・・この予想外の快感がたまらない。
ユーミンはそれを事前に察知して、涙をふく特製ハンカチという公式観劇グッズを作ってしまった。公式グッズを提案したのははじめてだとか。これは貴重。
ユーミンの才能をこういった形式で強調するとは、さすが凄腕プロデューサー松任谷正隆である(ユーミンの夫であり、ずっとプロデュースしてきた。この人あってのユーミンで、この舞台の脚本と演出を手がけている)。
使用楽曲を事前に告知しないところも用意周到。
あ!この曲キターーーッ という意外な驚きがある。
(使用楽曲の解説入りCDがついたパンフレットを買いたくなるじゃないか!)
また、大きなセットがない分、キッラキラの照明と映像と回り舞台やセリなどの機構をグイグイ動かして見せる演出で見せているが、その組み合わせは「ジグソーパズルのようにピースがいつもの3倍ある」という高度さであると言う(松任谷正隆談)。
ユーミンはたくさん歌ってくれるだけでなくMCのようなこともしてくれるし、
看護士の制服(ユーミンは美脚が強調される)で踊ってもくれるというエンターテナーっぷりを発揮。
とっても贅沢な気持ちになって終演後ロビーに出ると、
松任谷由実40周年記念ベストアルバム「日本の恋と、ユーミンと。」の予約販売スペースがドドーンと。
思わず予約してしまいそうな誘惑力。
だってこの舞台、自分の青春の記憶を大いにくすぐるのだから。
なにより、記憶が時間と共に書き換えられていくものということを軸にした脚本が秀逸で、自分のかけがえのない記憶を遡ってみたくなる。
ユーミンの声は眠れる記憶を起こしてしまう。
(木俣冬)