北海道の一ローカル番組から全国区にファンを広げた伝説の人気番組「水曜どうでしょう」(HTB)。レギュラー放送が終わってから10年も経つのに、未だに番組を再編集したDVDを出せば10数万枚を売り上げるお化け番組である。


鈴井貴之と大泉洋、ディレクターの藤村忠寿、嬉野雅道が、あるテーマに沿って行き当たりばったり(に見える)旅をする。ただ、それだけといえば、それだけだ。でも、なんとも言えない中毒性がある。私も最初に見たときは、何が面白いのかさっぱりわからなかった。

男4人がキャッキャッウフフとじゃれているシーンが延々続くだけで、言うほど面白くないじゃん! と、若干イラっとした……はずが、見続けていたらある日突然、ドカンと面白くなった。いったん面白さを感じてしまうと、止まらない。なんなんだ、これは。花粉症みたいなものか。

こんな番組、そうそうないだろう。

というような一風変わった、しかしながら、テレビ史上に残るに違いない番組のメインキャストであり、企画にも深く携わっている鈴井貴之(ミスター)、大泉洋両名の所属事務所がCREATIVE OFFICE CUEである。今年、設立20周年という節目の年を迎え、これまでの歴史を振り返る単行本『CUEのキセキ〜クリエイティブオフィスキューの20年』(メディアファクトリー)
が刊行された。企画・監修をしたのは"副社"の愛称で知られる、オフィスキューの母とも姉とも慕われる亜由美さん。
"ミスター“こと、鈴井貴之さんの妻であり、26歳でなけなしの退職金をはたいて、CREATIVE OFFICE CUEを立ち上げた、実質の創業者でもある。

ミスターの自伝的私小説『ダメ人間』(メディアファクトリー)にも、事務所立ち上げのくだりが登場する。
“一九九二年二月。僕は会社の社長になった。(中略)ただ、事務所開設にかかる費用の一切合切、マンションの敷金礼金家賃、家具にテレビ、すべてを払ったのは彼女だった。それまで働いていたアパレル企業を辞めた退職金と貯金で賄ったのだ”

どことなく漂う、他人事感。章タイトルも<社長になってしまう>だ。

『CUEのキセキ』を読むと、さらなる衝撃の事実が待っていた。
事務所を設立した当初はあまり仕事もなく、自転車操業の日々。そんななか、デパート催事にぬいぐるみショーの仕事はやりがいもあり、ギャラも良かったので劇団員みんなで頑張った。が、ある日、事務所の金庫を開けると、入れておいたはずのお金が入っていない。

“慌てて鈴井に電話をして状況を伝えたのですが、妙に落ち着き払っていて何かおかしいと感じました”
数十万円をススキノで飲んで、スッカラカンに使ってしまったそう。
ミスター!

当時は“週に何日かは前職の職場でアルバイトとして働かせてもらい、夜は知り合いのフレンチレストランでウエイトレス。事務所にひとり分の寝具を持ち込み、そこで寝泊まりしながら働いていました”という亜由美さん。

一方、ミスターというと、“ほとんど事務所に来ない彼は、たまにきたと思ったらごろっと横になって当時ハマっていたNBAの試合ばかり観ている”。ミスター!

良心の呵責もあるにはあるのか、“もともとの彼女はしっかり者というよりは天真爛漫な人だった” というフレーズは『ダメ人間』にも登場するし、この本に載録されている夫婦対談でも、ミスターはこう語っている。

“今も明るいけど、昔はもっと天津爛漫だった(笑)。若い頃のあなたは「わーいわーい」が口癖だった。だけど会社ができて、天津爛漫というよりすごくしっかり者になったと思います”

何だ、その、そこはかとなく漂う他人事感! でも、あまりにもあっけらかんとしているので、腹が立つのを通り越して笑えてくる。“男の人ってホントずるいなと、当時はかなり恨んでいたような気がします”と言いつつも、恨みつらみに聞こえない亜由美さんのキャラに負うところも大きい。

“いつものように逆ギレする鈴井に、本当に失望してしまいました”

“「ホント空気読めない人だな」とがっかりしました”

“ホントに彼は自分のことしか考えてない、デリカシーのかけらもない人だとますます腹が立ちました”

ミスターの所業に亜由美さんが嘆き、腹を立てるほどに、引き込まれる。笑いごとではないのに、笑えてくる。それは、“どうでしょう”で大泉洋がキレればキレるほど、笑いがこみ上げてくるのとよく似ている。

この本を読んでわかったことが3つある。

一.ものすごくダメで身勝手な人を好きになってしまっても、自分の居場所を確保できれば、案外何とかなる(ただし、“結婚したら変わる”は幻想)

二.居場所は探し回ったり、出現を待ちわびるよりも、目の前につくってしまったほうが早いし、確実(ただし、安易に商売をはじめると大借金を負うので注意)

三.最初はこじんまりはじめるとよい

“演劇不毛の地”と呼ばれた札幌に芸能事務所をつくり、20年。“水曜どうでしょう”をはじめとする、他にはないコンテンツを世に送り出し、事務所のファンクラブを設け、北海道発の音楽や映画を仕掛ける。結果だけ聞くと、もの凄いことのように思えるけれど、最初から凄かったわけではない。

クリエイティブオフィスキュー設立10周年の時点でも、“当初、「事務所のファンクラブを作りたい」と周りに話しても、タレントを含め、誰も相手にしてくれませんでした”というくらい。新卒スタッフYさんだけが「絶対いいと思います!」と言い切ってくれたという、ファンクラブ「Thank CUE」は今や、2万4000人ものファンを擁する。

クリエイティブオフィスキューの歴史は、ゼロから新たな居場所をつくっていく面白さと難しさ、経験則の宝庫。新しいことを始めたくなる一冊だ。
(島影真奈美)

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