今、講談社の企画で「ゼニの栄冠」フェアが開催されている。
ともに「野球」と「お金」をテーマにした漫画、森高夕次原作/アダチケイジ著『グラゼニ』8巻と三田紀房著『砂の栄冠』10巻が同時発売されたのを記念したフェアで、『グラゼニ』の1巻と8巻、『砂の栄冠』の1巻と10巻に付いている応募券のうちいずれか2枚を集め、応募した人の中から50名に1万円が贈られるという。


現実世界に目を向けても、ちょうどプロ野球の契約更改が行われ、否が応にも「野球」と「お金」の関係性が気になるこの時期、まさにタイムリーな本が刊行されている。

手束仁著『高校野球マネー事情』
2年半の高校野球生活で一体どれほどのお金が必要なのか、そして、甲子園出場が学校経営に及ぼす影響などを、現場の監督、保護者へのアンケート調査を踏まえながら検証していく。


【「部費」と「年間予算」だけでは足りない現状】
たとえば、高校球児の保護者サイドが1年間に支払うお金は一体いくらか……?
公立・私立でも差はあるし、甲子園を目指している学校か、そうでないかによっても違ってくるだろうが、平均すると年間23万2,082円がかかるという。
(※内訳は、部費:28,925円、父母会費:27,811円、ユニフォーム代など:43,885円、用具代:46,235円、遠征費:85,226円)
もちろん、この23万2,082円は「選手個々人」にかかる費用。「部活の運営費」はまた別に必要になってくる。
その「運営費」に充てられるのが、各学校から支給される「年間予算」になる。
公立校の年間予算平均額が42万600円。
私立校の年間予算平均額が77万3,000円。
しかも、「公立校」のうち、東京都立校だけを平均すると26万8000まで落ち込むという。

この数字を「多い」とみるか、「少ない」と見るかの指標のために、野球部運営の中で特に大きな出費となる、消耗品のボール代を見てみよう。
ある都立高校の例では、練習試合をすると1試合に3個、年間100試合をこなせばニューボールを300個使用することになる。
試合球は1個1,000円だというから、それだけ30万円を使うことになる……「年間予算」だけじゃすでに赤字だ!!
この辺、高校球児OBなら「あるある」という話なのかもしれないが、他の部活動、そして帰宅部生にしてみればかなり驚く数字ではないだろうか。


【審判、球場使用料にもお金はかかる】
草野球においては、両チームから出し合ったりジャンケンで決めることもある「審判」。でも、高校野球ではそうもいかない。
たとえば練習試合において連盟の審判にお願いする場合、まったく無報酬というわけにもいかず、連盟の支給金額程度は支払うことがほとんどだという。
その額、埼玉県の場合は1試合につき2,500円(+食事代&交通費)。
東京都の場合は1試合につき4,000円(※食事代交通費込)
休日を返上して活動する審判サイドにしてみればかなり良心的な額にも思えるが、ボール代だけでも四苦八苦している野球部側かわしてみれば死活問題だ。


さらに都内の学校であればグラウンドもまともに使えない場合が多く、土日のたびに周辺の球場利用料などがかかってくるという。

本書の中である監督は「全然足りないですよ。一生懸命、頑張れば頑張るほど足らなくなってきますよね」と苦笑し、またある監督はかなりの額を持ち出しで出費し、「家内からは『もう、これ以上家計から持ち出されてはかなわん』ということをいわれていますよ」と吐露しているのがなんとも切実だ。


【OBの協力、アルバイト、etc.野球部赤字解消策、あれこれ】
ボール代、防具代、審判代、遠征費、サプリメント代 etc.
野球名門校であれ、公立校であれ、野球が「金のかかるスポーツ」であることに変わりはなく、お金はいくらあっても足りないというのが実情だ。この赤字解消のために必要になるのが、部員一人ひとりから徴収する「部費」や「父母会費」であり、ボールの使いまわし術などの様々な工夫節約術になる。

ある高校の例では、もともと試合球だったものが、練習球→マシン用→ティ打撃用→テープを巻いてティ打撃……と涙ぐましい使いまわしの努力がされている。


また、西東京の「都立片倉」では、予算節約対策として、野球部員が卒業してやがて就職したら、最初の給料で母校に恩返しのつもりでボールを1ダース持ってくるように呼びかけているという。経費節約と母校愛の継続という両面の効果が生まれる素敵なアイデアだ。

全国制覇11回(春4回、夏7回)と日本一の数字を誇る愛知県の「中京大中京」では、年末年始、部員に郵便局でのアルバイトを奨励しているという。自転車で配達に回ることで足腰の強化にもつながり、さらにはこのアルバイト代で翌年の遠征費を捻出しよう、というアイデアだ。
強豪校であればあるほど、勉強すらそっちのけで部活ばかりしている、というイメージを抱きがちであるが、本書を読むとその浅はかな先入観が恥ずかしくもなってくる。


このほかにも、ピッチングマシーンを自腹で購入した監督の話、春の選抜で同地区から複数校が出場するとなかなか寄付金が集まらないという裏話、寄付金が少ないと勝てば勝つほど赤字になる実情、親からのクレームや要望をどうかわし、父母会とどう付き合うべきか(でも、切実に欲しい父母会費)などなど、今どきの高校野球の問題点や課題なども、本書を読むことで垣間見えてくる。

これらに共通するのは、現場で奮闘し、さらにお金の面でも苦悩する「指導者」たちの姿だ。
高校野球、と聞いてまず思い浮かべるのは、毎日必死になって努力する「球児」のことばかりで、ともすると「汗と涙の」というステレオタイプのワードを鵜呑みにしてしまいがちだ。でも、その活動を支え、実際に運営しているのは、休みを削り、家族に迷惑をかけ、ときに自腹を削りながら取り組む「指導者」たちがいるおかげであることに気づかされる。

かつて球児だった人間として、親と指導者に改めて感謝したくなる一冊だった。
(オグマナオト)