そのウキウキを全否定するミステリ作家がいる。
「日本の小説は、海外では通用しないんですよ!」
「ド ン !」と付けたいくらいの台詞を言ったのは、清涼院流水だ。
流水といえば、『コズミック』でメフィスト賞を受賞し、現役大学生で華麗にデビュー。「1200個の密室で1200人が死ぬ」という凄まじい筋書きで、ミステリ界の話題をあらゆる意味でさらっていった。西尾維新や舞城王太郎も流水に大きな影響を受けている。流水は自らの書く話を「小説」ではなく「大説」と称するくらいで、スケールの大きさは日本の推理作家の中でもぶっちぎりだ。
流水は「前代未聞」「一番」「初めて」という言葉が大好きなんじゃないだろうか。一時期は講談社ノベルスの最厚が『カーニバル・デイ』、最薄が『秘密屋 赤』と、どちらも流水。講談社BOXの大河ノベル(十二ヶ月連続刊行)も、西尾維新とともに唯一成し遂げた作家だ。
そんな流水が、また新しく始めたことがある。「The BBB」(以下、BBB)。
BBBで流水が果たす役割は、執筆者でもあり、編集者でもあり、翻訳者でもある。ミステリ作家として小説を書くのはもちろん、ミステリ作家に声をかけ小説を執筆してもらうのも、その小説を訳すのも流水だ。英訳チームは流水だけではなく、英文校正企業を使ったり、さまざまなネイティブスタッフがいるものの、最終的には流水がすべて監修している。
2/8にBiri-Biri酒場で行われたイベント「清涼院が動いた!新プロジェクト〈BBB〉とは何か?」は、杉江松恋と参加者がBBBについて流水に話を聞いていくというものだった。
流水が「日本の小説は通用しない」なんて言っている。どういうことなんだー!?と目を丸くしたところで、ぜんぜん逆のことを言いたいんだとわかった。
「日本の小説って、すごく質が高い。『シャマラン・ショック』って呼んでるんだけど、シャマラン監督の『シックス・センス』を観たとき、僕はすごく衝撃を受けたんですよ。あんなの、日本のミステリではよくあるじゃないですか。でも同じことをハリウッドがやると絶賛される。
日本の小説で、翻訳されているものはごくごく一部。
「村上春樹だって、僕たちが勝手に世界のムラカミなんて言ってるだけで、向こうの一般人は誰も知らない。NARUTOやDRAGON BALLはみんな知ってるけど、小説は相手にもされていない。そもそも眼中にないんですよ。この状況から逃げてちゃいけない」
では、なぜ相手にされないのか? その理由の一つは、英訳された小説が圧倒的に少ないという「量」の問題。
「でも、今あるものを単純に英訳すればいいってものでもない。日本の小説の英訳は、配慮が足りないんです。たとえば僕の昔の作品は、日本語で出した日本語の小説としてはいい。でも英語の小説としてだと、おせちの描写なんかが障害になる。それがわかるように細かく補足していかなければいけないんだけど、単純な英訳だとそこが抜けてしまう。結果、外人にはワケがわからなくて、読み飛ばされてしまう」
流水が「そのまま訳しては配慮が足りない」例として出したのは、『犬神家の一族』の佐清と佐武。
流水のBBBプロジェクトは、「量」を増やすとともに、流水自身が納得できるような「質」もクリアするもの。現在は清涼院流水のマイケル・ジャクソン一人称の伝記小説『キング・イン・ザ・ミラー』、矢野龍王のブログ形式小説『龍王の不思議なブログ』、蘇部健一の短編『叶わぬ想い』が刊行されている(Luluを経由してDLすれば、スマフォやPCで読むことができる)。執筆者は今のところ流水がメフィスト賞作家の総会や個人的なつながりで自ら声をかけた作家で(蘇部健一は流水の話を少女漫画のように目をキラキラさせて聞いていたとか)、秋月涼介や積木鏡介などが刊行予定。更新は毎月末だ。
目標は「世の中をハッピーにしたい!」。日本の文化を輸出するような作品や、韓国人と日本人の合作小説など、日本と世界の橋渡しをするようなコンテンツも予定されている。
だけど、小説を英訳するほどの英語力が、流水にあるんだろうか?
流水は学生時代、英語が得意だったわけじゃない。むしろ超絶劣等生。「30歳の時点で英語力は中学一年生レベル。
今年四月には、世界初のTOEIC小説(!?)も出す清涼院流水。着々と「日本初」「世界初」を増やし続けている。
(青柳美帆子)