みつはしちかこのエッセイ『ひとりぼっちの幸せ チッチ、年をとるほど、片思いは深くなるね』を読んで初めて知った事実である。この恋愛漫画の古典が雑誌「美しい十代」に初めて掲載されたのは1962年5月号のことだ。
『小さな恋のものがたり』の最新刊は2011年11月に出た第42集である。毎年5月に最新刊が刊行されることが慣例だったが、第41集が2007年5月に出た後は3年半もの空白ができてしまっていた。ファンの心配に答えるかのように、第42集のあとがきにはその間の事情が綴られている。突如の病、最愛の夫の死、復帰できる態勢ができたところでの東日本大震災と、立て続けに大きな出来事があった。その激動を受け止めた後に書き上げられたのが『小さな恋のものがたり』第42集だったのである。『ひとりぼっちの幸せ』には、現在の静謐な心境が綴られている。
病気をしてよかったと思うこととして、みつはしは「以前よりも一か所、一か所をじーっとよく見るようになったこと」を挙げている。入院中に暇を持て余していたために、いつも窓の外を見ていた。そのことにより「思う力」「見る力」がさらに強くなったのだ。
ご存じのとおり、『小さな恋のものがたり』は背の低い高校生・チッチが、背が高くて他の女子にも絶大な人気があるサリーを一途に思い続ける物語だ。10代のころにこの漫画を知ったときは、一方的に思いを寄せるチッチを不憫に思い、彼女の気持ちに応えない朴念仁サリーに敵意を燃やしたものである。だがみつはしは言う。サリーも内心でチッチを思っている。実は彼もまたチッチに片思いをしているのだと。2人の関係は非対称ではなく、実はお互いがお互いに片思いのまま胸を燃やしているという対称関係にあるのだ。
「[……]片思いのまますれ違うということは、好きなまま、強い思い出が残るということです。今の人ってすぐに結論を求めるように見えますが、こちらのほうがトキメキが長く、強く続いているような気がするんですけどね」
だからこそみつはしは変わらない関係を描き続ける。ゴールがないことが逆に幸せで、いつまでも気持ちは清新なままに保たれる。本書の末尾には『小さな恋のものがたり』の今後についても書かれているが、永遠の「片思い」が終わることはないだろうと示唆されている。
(杉江松恋)