京都洛北に銀河鉄道が走りました。
「けいおん!」の聖地・修学院駅を通る叡電こと叡山電車を使ったイベントプロジェクトと、5月、「南無ロックンロールに十一部経」を上梓したばかりの作家・古川日出男らが東日本大震災を契機に行っている朗読劇「銀河鉄道の夜」のプロジェクトがコラボして、電車の中で「銀河鉄道の夜」が朗読されたのです。


宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は、わざわざ説明するまでもないと思いますが、
孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をして「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」という境地に達する物語です。

この祈りの作品を古川日出男がオリジナル朗読劇として脚本化して、巡礼のように上演し続けている中、これが京都、高知、大阪と初の関西ツアーとなり、本当の電車の中で行われるのは京都だけという貴重なものでした。

出発は2013年5月25(土)18時32分。
翻訳家の柴田元幸が英語で「出町柳の黒い丘から、銀河の車庫(鞍馬)に向かいます」と説明。
柴田さんの英語は滑らかで、その声を聞いているとハメルンの笛吹きについていってしまうようにズルズルッと引っ張られてしまいます。
「30分ならぬ30光年の旅です」などと言う言葉にすっかりその気になっていると、2両編成の電車デオ801形は満員で出発。

駅員の帽子をかぶった4人のスタッフが表れ、ひとりひとりの切符を切ってくれます。
各々ちょっと違った位置に穴を開けてくれるシアトリカルな演出を楽しんだのち、ギターを抱えた小島ケイタニーラブのミニライブがはじまりました。
最初は緩やかな曲でしたが、電車が市原を抜け山のほうにさしかかり車輪を軋ませながら速度を上げていく頃には、拮抗するように高音を伸ばし、そのエネルギーによって30光年をワープしたような気持ちに。

鞍馬の駅に着いたときには、出発時はまだ明るかった空もすっかり暗くなっていて、駅の待合室に連なる灯りがまぶしいです。
見渡せば、有名な火祭り用の松明や月岡芳年が描いた絵などが飾ってありました。
鞍馬には鞍馬天狗でおなじみの神の山があります。
パワースポットとしても有名ですし、ちょうど前日には満月祭りが行われていました。
隣の貴船は由緒ある貴船神社。恋愛成就の神様としても有名です。
出発した出町柳の駅には世界遺産の下鴨神社があり、神社と神社を結ぶ叡電の経路は天上へ向かう道ではないか、昨晩の満月祭りに行けなかった私は銀河の祭りに行けなかったジョバンニのようだとかなんとかそんな気分に浸りながら待っているとーー
待合室の引き戸がガラガラと左右に開き、外から神が。
いえ、古川日出男、詩人の管啓次郎、小島ケイタニーラブ、柴田元幸が現れました。
芝居の最後に劇場の扉が開いて外の風景が見えるという演出は唐十郎のテント芝居や蜷川幸雄の舞台でよく見ますが、外から演者が扉を開けて入って来るパターンは新鮮です。

古川と管がジョバンニとカムパネルラ、柴田が鳥獲りを演じ、小島がいろいろな装置を駆使して音楽を奏でます。タイプライターと、待合室にあった風鈴を使ったのが良かったな。
古川の全身でぶつかっていくような骨に響く硬質な声、管の包んで見つめるような柔らかな声、柴田の川の流れのような声が語る言葉・・・小島の生み出すいろいろな音は、たくさんの命そのもので、命を巡る旅を描いた「銀河鉄道の夜」と呼応します。

古川がオリジナル脚本にした朗読劇「銀河鉄道の夜」は、宮沢賢治が改訂に改訂を重ねて描いていったのと同じように、初演の2011年、12月24日から上演のたびに形を変えていっています。
その時、その場所に存在する、ともすれば語られないまま消えていく思いをキャッチして言葉にしていくことで、ジョバンニとカムパネルラ、作家の古川と詩人の管が溶け合って、原作とは電車の分岐点のように平行宇宙化していきます。

人気の連続テレビ小説「あまちゃん」で注目されている「星めぐりの歌」も唄われて、しみじみ噛み締めました。

40分ほどの朗読劇があっという間に終わって、7時50分発の復路に間に合わないから早く、電車に乗ってくださいと古川に追い立てられ、観客(乗客?)は
慌てて電車へ。
車内はいくつもの電球の黄色い明かりに灯されていました。

電球を揺らしながら、電車は再び出町柳へと向かいます。
今度は、朗読。柴田元幸が翻訳した「七人の使者」と管啓次郎が訳した「星の王子さま」です。
もうすっかり「銀河鉄道の夜」の世界に入り込んでしまっているので、帰りに車窓から見える風景はなんだか違って見えました。
朗読の言葉と、電車の音と、目の前を通り過ぎていく風景が混ざり合っていく、
とても不思議な体験です。
暮れた空にぼんやり浮かび上がる、住宅の明かり、商店街の明かり、街灯・・・無数の星のようなそこにそれぞれの生活があるのだなあと思います。
駅には、就活、病院、比叡山、宮本武蔵などの言葉の書かれた看板があって、その文字もすべて生活の象徴に思えてきて、なんだか愛おしくてならない。
すれ違う電車の中にポツリポツリと座っている乗客の様子は、エヴァンゲリオンのシンジ君の心象風景みたいで劇的でした。

いつの間にか電車は出町柳に着いていました。
柴田元幸が「星の王子様」の最も大事な部分を読むときは、電車が止まった無音にしたかったのだと古川日出男が言いました。

電車を使ったライブはいつにも増して進行が大変だったようです。その緊張感もいいですね。
残念ながら電車の中から月は見えなかったけれど、駅に降りたら朧月が見えました。このもやもやっとした月もまた意味があるようなないような。
東北出身作家の電車への思いがめぐりめぐって西の京都につながった、なかなか得難い一夜でした。

朗読劇「銀河鉄道の夜」は9月にCDブックが発売されます。
叡電では、ロマンチック叡電プロジェクト http://ignition-gallery.tumblr.com
というイベント企画が今後も行われていく予定です。
「お座敷列車みたいなものね」と言っている乗客がいましたが、ロマンチックなお座敷(お座敷じゃないけど)列車、なかなかいい感じ。
ほんとうのみんなのさいわいを探すには異空間体験はおすすめです。
(木俣冬)
編集部おすすめ