前編より続く

9度の選挙に負けつづけた男、マック赤坂。本名、戸並誠。
レアメタルの輸入で巨万の富を得て、平穏な老後を暮していけるはずの彼。選挙からの引退を決意したマックの戦いには、まだ続きがあった。


【マック赤坂、プロレス乱入計画――いいんだな、殺っちゃうよ!?】

11月22日。マックは慶應大学三田キャンパスへとやってきた。マックが東京での学園祭行脚において、一番楽しみにしていたのが慶應三田祭である。
スーパーマンのコスプレで現れたマックは、学生プロレスの会場へと向かった。
肩には拡声器がぶら下げられている。リングに乱入し、スマイルダンスを披露しようという魂胆だ。
ちなみに、都知事選の政見放送でスーパーマンになったのは、「東京を救えるのはスーパーマンかマック赤坂ぐらいしかいない!」という強いメッセージだったそうである。

前日、会場に下見に訪れた際、マックは興奮していた。
「最高のロケーションだな。福澤先生の前でプロレスをやれる。
こりゃいいよ。今日は帰って深夜に特訓だ! 俺には合気道の心得があるからな。……いいんだな、殺っちゃうよ!?」
プロレス会場の目の前には、鎮座する福澤諭吉の銅像。マックは毎年元旦に、この福澤像の前で手を合わせている。

リング上の試合も佳境に入り、学生レスラーがシャイニング・ウィザードの体勢になったそのとき、マックは飛びたった。
ビュイーンと口で効果音をつけながらリング下を一周。
騒然とする観客。唖然とするレスラーたち。実況だけが「おお! なんだあのオッサンは!」と驚きつつ、試合を成立させようとアナウンスを続ける。
実際のところ観客にウケていたかというと、微妙であった。率直に言えば、リング周辺には変な空気が漂っていた……。

数分後、マック赤坂は観客席のパイプ椅子に座らされていた。

「なあ、だから言っただろ! やめとこうって俺はさあ!」
怒り心頭である。ロープをつかみいざ乱入となったところで、運営の人々が駆けつけ、あえなくストップがかかったのだ。無情にも鳴らされるゴング。半端な試合中断の末、結局マックがリングインすることはなかった。
「もうやめにするか!? なにもかも! 帰りゃいいのか!? なあ!」


【マック赤坂、内田裕也に急接近!――政見放送だけがアピールできる場所だ】

落ち着きをとりもどしたマック赤坂は、学生が主催する内田裕也のトークショー会場へと向かった。
大学構内を歩いていると、マックさんですか、と声をかけられることは多い。
特に男子学生には大人気で、サインをねだる者や、連絡先を教えてくれと頼む者までいる。人気の理由は政見放送が面白かったから、が大半。なかには実業界で成功し、年齢を重ねてもなお新たなことに挑戦し続ける姿勢を尊敬している、というコアなマックファンもいた。
うれしそうな顔をして丁寧に応じるマック。写真のお願いに、何度もスマイルポーズをやってみせる。就職で悩んでいると言われれば、とにかく運動部に入り何か肩書を持て、と実に堅実なアドバイスをする。
マックのファンサービスは常に真剣だった。

会場に到着し、着席。手には入念にチェックを入れた質問原稿が。くってかかる気まんまんである。
「なあ、俺が今何を考えているか分かるか?」
――えっ!? ……もしかして、破壊ですか?
「違う。運ぶんだよ、諭吉像を」
さすがに冗談と思うだろう。ところがどっこい、マックは真顔であった。

約1時間のトークの後、質問タイムが設けられた。マックはすかさず右手を挙げた。今にも立ちあがらん勢い。ざわつく会場。
だが、無視はできない雰囲気をつくりあげた。切り出すタイミングの妙。一瞬にして視線を集める驚異的能力。
『映画「立候補」』の名シーンを思い出した。選挙運動最終日。橋下徹、松井一郎の「大阪維新の会」陣営による街頭演説に乗り込み、必死の呼びかけで演説時間をもぎとったマック。周りは全て敵。無数の橋下、松井支持者から「帰れや!」と罵声を浴びせられても、マックは自分の気持ちを最後まで吐き出した。

不穏なムードに半ば呑まれるようにして、司会者がマックにマイクを渡した。
「内田先輩! マック赤坂でございます。今日は、内田先輩にお尋ねしたいことがあって、参上しました」

マックは出馬にあたって、知名度も基盤もない自分が、どうやったら選挙を戦えるのか試行錯誤した。模索のなかで出会ったのが、1991年都知事選での内田裕也の政見放送である。アカペラで「パワー・トゥ・ザ・ピープル」を唄う内田の姿を、マックは30回以上も見て研究したという。
「所詮メディアは泡沫候補扱い。政見放送だけがアピールできる場所だ」
そこに、活路を見出した。

マックはおもむろに両手を振り上げ、自らが考案したダンスを踊り始めた。身体の動きにあわせて、アカペラで唄う。
「たったったったたった! たったったったた!」
会場に苦笑がもれる。「場違いだ」と呟く来場者の声が聞こえた。内田の目元はサングラスに遮られ、表情を読み取ることができない。
「こういうことを政見放送でやったんです。内田先輩は、政治はロックンロールだとおっしゃいます。私の場合、政治はいわばコスプレです。その思い。立候補の理由。そしてなぜ一度の出馬でやめてしまったのか。これを知りたい!」
返答の内容についてはここでは書かない。言えるのは、内田は軽く頷き、堂々と答えたということ。そして最後に、嗄れたセクシーボイスで、「サンキュー。マックちゃん」
内田裕也は、マック赤坂を真正面から受け止めたのであった。


【マック赤坂、茂木健一郎と堀江貴文にからむ――眠れる獅子を起こしてくれるなよ】

11月23日。朝、合流したマックが最初に切り出した話題は、猪瀬都知事の件だった。
「ニュース見たか? 今日のマックは、10度20度5000万円!だな」とおどけて言う。「せっかく引退したのに、こういうときに限って……。眠れる獅子を起こしてくれるなよ」
5000万円受領問題が関係したのか、この日慶應で行われたマック赤坂のトークショーは満員となった。客席からの質問に応じるマック。

───なぜ引退するのか?
「理由は簡単です。投票してくれなかったから。引退表明した瞬間にね、ニコニコ動画とかメディアがとりあげたけど。若い人には辞めないでって言われる。俺はマックに投票したんだぞ、とかね。……立候補しているときに声を出してくださいよ。ある意味ではみなさんのせいですよ」

───お金がなくて困っているのだが、どうすればお金が集まるのか?
「そんな分かり易い方法があったら、みんなお金持ちになってますよね。いいですか、人間には『幸せ』と『成功』とがある。『成功』は言ってしまえばお金と地位ですよね。第三者から認められないと駄目。客観的なんです。一方『幸せ』は主観的です。あなたが自分で『幸せ』だと思うかどうか、です。成功者だけど『幸せ』じゃない人は沢山います。エリートでも、一流でも、不幸な人はいるのです。端から見れば、マックも成功しています。ところが、お金持ちの集まるところでは、スマイルがなかったり、謙虚さがなかったり、そういう人がいっぱいるのです」

真面目に語るマック赤坂。
『映画「立候補」』のなかでは、選挙運動のさなかでもパック酒「鬼殺し」を啜るシーンが何度も登場する。
しかし、今日は一滴も酒を飲んでいない。
あまりに常識的な幸福論。他方では「行動」の極端な信奉者。戸並誠とマック赤坂の「実像と虚像」がここに対応するのだろうか?

終了後、休む間もなくマックは別の教室へと向かった。
何倍もの観客が集まったその会場では、茂木健一郎と堀江貴文の公開対談が行われている。マックはここでも場の空気を上塗りし、質問するきっかけをつくった。

「え〜、マック赤坂です。10度20度5000万円!」
新ネタを披露するも、若干スベリ気味。
「……まあ、それは置いときまして。お二人とも、私が主演をつとめた『映画「立候補」』を観賞したと伺いしました。是非ご感想を!」
完全に自身のアピールである。
「これ、DVDの煽り文句とかに使われたりしないですか?」と訝しみながら堀江。「僕の思っていたマック赤坂像と変わらなかったです。僕も渋谷でからまれたことがあったから」
一方の茂木。「僕はやっぱり、橋下さん安倍さんという当選確実の人たちに向かっていくところ。あそこに批評性がある。何かが立ちあがってきた」

意外とまともな政策を訴えているのに色物扱いなのは、変なタイツやパフォーマンスが逆効果になっているのでは?と堀江。マックは対談を要求するも、言葉を濁されて質問時間は終わった。
しかし、すごすごと引き下がるマック赤坂ではなかった。退場する両名を追いかけ、控え室へ移動する合間に電話番号を聞き出したのである。
後日、マックは茂木にメールで対談を申し込んだ。返事は返ってこなかった。


門までマックを見送り、遠ざかるスポーツカーを眺めながら、私は考えていた。
マック赤坂がまだ、今程有名でなかった頃。選挙に出たての、いわばルーキー泡沫候補だった頃。演説中、再三ビンやカンを投げつけられたり、後ろから蹴飛ばされたりしたという。
『映画「立候補」』では、安倍首相の秋葉原演説に乗り込み、大衆から「ゴミ!」「売国奴!」の大合唱を受ける姿が映し出されている。

疎まれ、蔑まれ、それでも孤独に戦う。いったい何と戦っているのか。どうして戦わなければならないのか。そして、戸並誠はなぜ、マック赤坂という役を演じているのか?

明日には、戸並誠の母校京都大学で、マック赤坂が講演会を行う予定となっている。
私は、深夜バスに乗り込み、京都を目指した。
(HK 吉岡命・遠藤譲)

後編へつづく