本来、小~中学校の頃は、「実験が楽しい」などの理由から、理科はみんな好きだったはず。それが、高校くらいの頃から、科目によって得手不得手が分かれてきて、特に文系人間にとっては、物理が最もチンプンカンプンのものになったという人も多いだろう。


そもそも高校物理はなぜそこまで難しいのだろうか。
『大人のための高校物理復習帳』(講談社ブルーバックス)、『ぶつりの1、2、3』(ソフトバンククリエイティブ)等、多数の著書を持つ、共立女子中学高等学校教諭の桑子研先生に聞いた。

「数学や物理は、組み立てる能力があるかどうか、少なからず素質もあると思います。高校では特に数式ばかりやっているイメージがあるので、特に文系の人や女子は、嫌いになってしまうんですよね」

実は桑子先生自身、女子校で教え始めたばかりの頃は、生徒たちの「わからない!」コールに悩み、一時は教員をやめることも考えたと言う。
そんなとき、カウンセリング研修で知ったコミュニケーション手法を授業に導入してみたところ、生徒たちの取り組み方が変わったそうだ。
「2年目、3年目などは、問題を『解く』時間を授業で設けるともったいないため、宿題にしていたのですが、30人中10人くらいはやってこなかった。
そこで、グループ形式で問題演習をしたところ、下の子は友達から教えてもらえるし、早くできる子は教えることでさらに伸びるし、全体が底上げされることがわかったんです」

また、教員側が「なんででしょう」と質問すると、生徒にとって「上から目線」になり、興味を持たない子も多いが、友達同士で話すなかで感じた疑問には興味を持ち、授業が終わるとすぐに先生に質問に来るようになった子も多いそうだ。
「性別によって使う教材も変えています。女子に教えるときのポイントは、モノを擬人化することですね。女子の場合は、たとえば、力学で矢印を書けない子が多いんですよ。力を、イメージ化できないんです。そのため、可愛いもの、ぬいぐるみや人形、顔をかいた風船などを使い、上から手でつぶしてみる。
すると、つぶれている様子から、上からの力がはたらいているのと同時に、床からの力がはたらいていることもわかるんです」

さらに、iPadを使って「復習動画」を作成・生徒たちに提供するなど、こまやかなフォローも行っている。
「実は理科は、小中高と、同じことばかりを繰り返し、スパイラルでやっているだけなんですよ。でも、高校になると、数式ばかりやっているイメージになり、小中学校の頃の実験と結びついてこない。ですから、授業では先にモノを持ってきて、身近な実験を見せ、その後に公式に入ります。楽しいことから入らないと、数式ばかりでは嫌になりますからね」

「身近なこと」と「公式」を結びつけることが物理の難しさだけど、本来、高校物理が目指しているのってどんなところなのだろうか。
「抽象化できること、ですね。
100点をとるのが目的じゃなく、大学合格も目的じゃない。また、公式を使いこなすことも目的じゃないんです」

では、大人になって物理がわかると良いのは、まさに「“抽象化"できる」こと?
「一見複雑な世界をギュッとシンプルにしたのが公式です。公式を使いこなすのは目的じゃなく、公式の意味がわかることが目的です。公式がどんな意味を持っていて、何に役立っているのかわかれば、様々な自然現象を見る視野が変わりますから。実用面では、社会人になって、より現実的な商品のアイディアだしができるようになるるでしょう。また、女性なら、大人になって、子どもを育てるときに、『お父さんに聞いて』じゃなく、子どもの疑問に答えられ、子どもに興味を持たせることができるというのもあります。
抽象化できるというのは、そういった意味があると思うんです」

高校時代、なんだかわからない「公式」を使うことに四苦八苦したけれど、本来、公式は、過去の偉人が試行錯誤の上に見つけてくれた、シンプルで便利なありがたいルールのはず。
多くの遠回りをすることなく、真実に一気に近づける「高校物理」を、改めて見直してみようかと思います。
(田幸和歌子)