ソウルの東側、太白(テペク)山脈の麓に位置する江原道(カンウォンド)・横城(フェンソン)郡。2018年冬季オリンピックの開催が決まっている平昌(ピョンチャン)郡の隣町だ。
土地面積の77%が林野であり、特産物は牛肉という山あいの田舎町に、「蒸しパン村(チンパンマウル)」と呼ばれる、蒸しパン(チンパン)屋ばかりが集まる集落があるという。韓国の地方のB級グルメを求めて、早速訪れてみることにした。

まずはソウルからの長距離バスの発着点となる「東ソウルバスターミナル」へ。横城の中心部に行くバスに乗ろうと考えていたら、蒸しパン村のある安興(アンフン)という集落まで、2時間弱で行く直行バスがあるのを発見。係のおじさんに「バスの到着地は蒸しパン村とは近いですか」と聞いたところ、「そこはだいたい蒸しパン屋だよ!」と答える。でかした、それでこそ蒸しパン村だと期待は高まる。
ただしそのバスは頻繁には出ておらず、今回は結局、停留所のある「横城休憩所」まで行き、そこからタクシーで安興蒸しパン村へと向うことに。

畑や牛小屋ばかりの山道を車で進むと、その小さな集落は現れた。高くても2階建ての店舗や、役場・郵便局などが集まる、長さ200メートル程のこぢんまりとしたメインストリートに、確かに蒸しパン屋が並んでいる。ニコチャン大王のように顔に直接手足が生えており、片手はぐっと親指をたてている蒸しパンのキャラクターが、それぞれのお店の看板に描かれているので、すぐそれと分かる。

いくつかの店舗に立ち寄り、蒸しパンを購入してみた。どこもテイクアウト型の店舗であり、名物の「安興蒸しパン(アンフンチンパン)」はアンコ入りの1種類のみ。
値段は、4つで2000ウォン(約186円)。真っ白でまんまるな形をしたそのパンは、日本人には「あんまん」という呼び名がしっくりくるはずだ。
購入したものを、さっそくその場で食べてみる。蒸したてほかほかの小麦粉の生地の中に、あつあつのアンコがぎっしり。アンコはあまり甘くなく、素材の味を生かした素朴な風味となっている。これはなかなかのお味。安興蒸しパンは、韓国各地の高速道路の休憩所でも売られているが、本場の味は現場に来なければ体験できないだろう。
後で調べたことによると、安興蒸しパンは小麦粉にマッコリを加え、オンドル(床暖房)の上で発酵させるという、伝統的な方法を今でも守っているそうだ。まさに昔ながらの味といえる。

「日本から来ました」と言うと、「遠いところから良く来たね~」と大歓迎。蒸しパンをもう1個サービスしてくれたお店のおばちゃんに、話を聞いてみた。
この村では朝鮮戦争以降、アメリカからの救援物質として豊富にあった小麦粉を利用し、蒸しパンを作り始めたという。
1974年に高速道路ができるまでは、交通の要所として多くの車がこの村を通ったため、蒸しパンが広く知られるように。やがて25年ほど前に「安興蒸しパン村」が形成され、現在は20店舗近い専門店が存在するという。週末は全国から人が集まるのだとか。
お店の方は、蒸しパンのみならずインスタントコーヒーまでサービスしてくれ、出るときには「またおいで!」と言ってくれた。田舎ならではの人情あふれる雰囲気が、この街のもうひとつの魅力といえるだろう。

帰りのバスが来るまで村を歩いてみると、シュールな蒸しパンのオブジェが乱立しており興奮した。あるものは、柱の上に置かれた蒸しパンが、まるで虚無僧のように堂々と立っている。またあるものは、蒸しパン部分が4分の1ほど割られ、内容物のアンコまで見せるというサービスっぷりだ。そして、既に看板などであちこちに見かけている、ニコチャン大王みたいなキャラクターのリアル版も登場!
どれも蒸しパンに胴体らしき部分が取り付けられ、キノコみたいになっているのがご愛嬌だが、人里離れた蒸しパン村のファンタジックな雰囲気を、より高める素晴らしい演出といえるだろう。思わずたくさん写真を撮ってしまった。

安興のバス停からソウル方面のバスに乗り、帰路についた。毎年10月にはここで「蒸しパン祭り」も行われ、蒸しパンをテーマに盛り上がるのだという。
その時にまた訪れ、人懐っこい村の人やオリジナリティあふれるオブジェたちに再会したいと思った。
(清水2000)
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