それにちなんで、第150回芥川賞に輝いた小山田浩子「穴」を読み直してみた。(第150回芥川賞予想レポートはこちら。直木賞編はこちら)
未読の方のために、まずは 簡単にあらすじを紹介しよう。
契約社員として働くあさひ(私)は、ある日夫が転勤になったことを知らされる。新しい勤務地は同じ県内だがかなり県境に近い場所である。そこはたまたま夫の実家がある市内でもあった。夫の実家は隣に貸家を所持していたが、ちょうど空家になったばかりである。義母から家賃なしで住んでいいと言われ、夫妻は引越しすることを決める。あさひにとってそれは、勤めを辞めて一時的にでも専業主婦になることを意味していた。今の仕事にさほど執着のない彼女は、その事実を問題なく受け入れる。
話が出てから2週間後、実際に夫妻は実家のある土地へと引っ越してきた。そこは最寄のJRの駅までバスでも40分はかかろうかという場所だった。日中はバスも1時間に1本あるかないかだ。夫の通勤用に自家用車を明け渡してしまったあさひの移動手段は、徒歩しかない。近所の7時から空いているスーパーに朝一番で行ってしまうと、あとは他に足を向ける場所とてない。そうなると家にいる以外に時間を潰す方法はなくなるのである。引越しをしたのは初夏のことで、暑くなり、外をうろつくのが億劫な季節でもあった。