PC向けオンライン麻雀ゲーム「Maru-Jan」の開発・運営で知られるシグナルトーク。先日上梓された電子書籍「起業すると月曜日が楽しくなる! 『好き』で会社を作る」では、代表の栢孝文氏によるベンチャー企業向け経営術が共有されました。これに続くように「Maru-Jan」で初のモバイル対応となる「Maru-Jan for iPad」がリリースされたので、本稿ではゲームを通して同社の戦略について読み解いていきます。

2004年にサービスが開始されたPC版はゲーム業界にとって、ちょっとした衝撃でした。大手ゲーム会社から独立したベンチャー企業が、投資によって開発資金を調達した点もさることながら、ゲームのビジネスモデルが1プレイいくらの「ゲーセン方式」だったからです。麻雀好きによせていえば「雀荘で場代を支払う感覚」でしょうか。

プレイヤーはゲームソフトを無料でダウンロードしてPCにインストールし、インターネットに接続してログイン後、プレイごとに規定のポイントをベット(東風戦=80ポイント、東風戦=150ポイントなど)。優勝するとポイントが返金され、2位以下はそのまま徴収されるシステムです。初回登録時には一定ポイントが支給されますが、継続して遊ぶためにはポイントの購入が必須となります。

しかもゲームの内容はシンプルかつスパルタン。オンライン対戦に特化しており、インターネット接続が必須で、シングルプレイの要素はなし。いちおう掲示板はあるものの、アバターやチャットなどのコミュニケーション要素もありません。キャラクターをはじめとした「萌え」要素も皆無です。課金項目は前述のポイントに集中しており、他に有料アイテムなどもありません。

一方で忙しい時にワンボタンでコンピュータが「代打ち」してくれたり、成績によって昇段していき、同じくらいのレベルの打ち手と卓をかこめたり、さまざまなイベントが週替わりで行われたりと、オンライン麻雀をガッツリ楽しむ要素は充実しています。そして何よりグラフィックやサウンドなどが非常にリアルで、実際の全自動卓を囲んで、麻雀牌を触っている感覚が良く伝わってきます。

実際、開発には全自動卓2台を購入し、牌の混ざり具合の偏りまで再現されたほど。詳細は公式サイトに詳しいので省きますが、全自動麻雀って配牌にゆらぎがあるんですね〜、しらんかった! つまり「麻雀好きがどっぷり浸れる空間」が演出されているんです。

もっとも、当時のオンラインゲーム業界は月額課金からアバター課金への移行期で、「とても儲かると思えない」と言われたモンでした。F2P(基本プレイ無料のアイテム課金モデル)全盛期を迎えた今でも、この「ゲーセンモデル」で運営されているオンラインゲームは、あまりありません。無料で遊べる麻雀ゲームが氾濫している中で、誰が課金するのか・・・そんな風に思われたとしても無理はないでしょう。

ところが実情は違いました。リリース直後から安定運営を重ねて、今年で10周年を迎えた「Maru-Jan」。日進月歩のIT・ゲーム業界で、10年も同じサービスを運営することがどれだけ難しいか、ちょっと考えれば分かるでしょう(2004年といえばPS2の全盛期で、mixiがスタートした年でした!)。その間、さまざまなアップデートが行われたものの、基本的なサービスは変わっていません。ここに「Maru-jan」の凄さがあります。

キモとなるのが、前述の「ゲーセン方式」のビジネスモデルです。F2P方式では、できるだけ多くのユーザーに無料でゲームを配信し、そのうち数パーセントのユーザーに課金してもらって売り上げを立てるのがセオリーです。そのため運営サイドは、ユーザーのコンテンツに対する姿勢を判断できません。麻雀が大好きな人も、暇つぶしに打っている人も、等しく同じお客様なんです。

それゆえに、ともすればゲームの雰囲気が荒れやすいんですね。負けそうになるとゲームを終了したり、気に入らないことがあればチャットで罵詈雑言を浴びせるなどの、素行の悪いユーザーを避けられないんですよ。最近のヒットアプリの多くで、チャットなどの直轍的なコミュニケーション要素が排除されており、ほとんどシングルプレイと変わらないプレイスタイルになっていることも、こうした事情と無縁ではありません。

一方でゲーセン方式だと本当に麻雀が好きなユーザーしか残らないため、ユーザーの線引きが自然とできます。麻雀が上手くなりたい。余計な要素は不要なので、純粋に麻雀を楽しみたい。麻雀の作り込みや、サービス運営にこだわって欲しい。つまり「麻雀を遊びたいが、身近に対戦相手がいない」麻雀ファンにユーザーを絞り込み、そこに開発リソースを投入したというわけです

サービスイン後も麻雀漫画誌やプロ雀士などとタイアップして、さまざまなイベントを開催。麻雀ファンの声をすくい上げてゲームの改良に努めてきました。これによって今までゲームメーカーが市場として見なしてこなかったユーザーを開拓し、囲い込むことに成功しています。こうした努力が実っての10周年。前述の著書に「市場を創出してこそベンチャーの意義がある」と記されていますが、まさにその実例でしょう。

今回リリースされた「Maru-Jan for iPad」も、このコンセプトが良く感じられるものでした。なんといっても「iPad」向けを強くアピールした姿勢が痛快です。一応iPhoneでもプレイできますが、PC版と同じく全自動卓を天井から見下ろした画面レイアウトなので、牌が小さくて見づらく、操作もしにくい。普通は遊びやすさを優先して、iPhone向けには画面レイアウトなどを調整するところです。

しかしiPadでプレイすると評価が一変します。PC版で高い評価を得た空気感・透明感あふれるグラフィックは健在で、捨て杯などの視認性も抜群です。PC版と同じアカウントでプレイでき、戦歴なども共有できます。モバイル版をリリースするからといって、あえて多くのお客さんを狙いに行かない。それよりも既存ユーザーに対して、iPadという新しい選択肢を提供することを優先する。そんな意図が感じられます。

実際にプレイしてみると、iPadで場所や時間を選ばずにオンライン対戦麻雀ができるのは大きな魅力です。画面が大きいので視認性も操作性も抜群ですし、なによりタッチで遊べるのもプレイアビリティ高し。不意にネットワーク環境が遮断されたり、アプリが落ちたときでも、コンピュータが自動的に代走してくれるので、通勤電車などの中でも安心して楽しめます。いやー、よくできていますね、ほんと。

もちろんiPhone向けに最適化されたバージョンや、一人用モードの充実などが、あるに越したことはないんです。欲を言えばチュートリアルモードも欲しいですよね(公式サイトでは初心者向けの特設ページ「Maru-Jan 麻雀入門」も展開中)。もっとも、これらは資金が潤沢にある大企業がやればいいことです。ベンチャーだからこそコンセプトを絞って、「足し算ではなく引き算」思考で挑むべしということが、よくわかります。

「とりあえず、世の中の流れだからネイティブアプリ」「有料アプリは時代遅れ。市場を考えればF2Pしかない」なんて声、業界でよく聞きますよね(僕だけ?)。でも最適解は会社ごとに違うもの。固定概念に陥る前に、一回チェックしてもらえると幸いです。
(小野憲史)

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