2015年3月24日、今年で第8回目となるマンガ大賞2015が決定・発表された。今年の大賞は『かくかくしかじか』』(東村アキコ)。
作者の自伝とも言うべき、ノンフィクションエッセイだ。実は東村アキコ自身、5回めのノミネートで、自らの持つ最多ノミネート記録を更新する"満を持して"の受賞である。以下に本人の受賞コメントを交えて、『かくかくしかじか』を追っていく。

「まさかまさかで、やったー! うれしいです。本当にうれしいです! いままでも何回もノミネートしていただいて、そのたびに友達から『すごいね』って電話がかかってきてたんです。でも世の中にはすごくたくさんの素晴らしいマンガがあって、そのなかで大賞を獲れると思ってなくて……。実は今日も集英社のえらい人にステーキに連れて行ってもらうという約束をしていたんですが、キャンセルしてこちらに! この後に打ち上げがあるんで、そちらに来ていただこうかなって。受賞の一報は数日前に担当さんからLINEで教えてもらいました。うれしくてもうスタンプをバーッて(笑)」

受賞作『かくかくしかじか』の舞台は作者の出身地である宮崎だ。高校時代に出会ったスパルタながらも実は愛情深い「絵」の恩師との思い出を中心にストーリーは展開する。"師"は竹刀を振り回し、「ヘタクソすぎて紙がもったいないわ!!」と怒鳴り散らす。粗暴にも見えるその姿に「ビタイチ、ウソはない」という。
そして『かくかくしかじか』はそんな師に対する"懺悔"の物語と言ってもいい。以下、ネタバレも含むので注意して読み進まれたし。

「もともと、あの話をマンガにするつもりはなかったんです。新連載の企画案を考えるタイミングで(本作の舞台となった宮崎の絵画教室の教え子であり、マンガ家の)はるな檸檬とハワイ旅行に行って、『次のエッセイ、旅モノがよくない? 経費で旅行いけるし!』みたいに盛り上がっていたら、帰りの飛行機で彼女が『("師"である日高)先生のこと書かないんですか?』って。せっかくハワイで豪遊していい気分になっていたのに……。あのことに触れるのは自分で傷をえぐるような行為。なのに『書けるのはアキコ先生しかいないから書いたほうがいいと思う』ってしらけることを……。私としては冗談やめてよ、書かないよ、恥ずかしいよ! ってフライト中の数時間、ずっと『ない! ないない!』と思ってたんですけど……」

帰国後の担当者との打ち合わせを経て、新連載の企画は"女性版『まんが道』"のような作品の予定になったという。当初イメージしていたのは、「パーティで一条ゆかり先生や槇村さとる先生に会わせてもらう」ようなテイストの作品だった。だが実際の『かくかくしかじか』は速報記事で「エンターテインメント作品として巧みな味つけがされているが、随所から感じ取れるのは本人にとっての後悔と懺悔の念」と評させていただいたようなテイストの作品だ(と僕は思っている)。

「あくまで大爆笑自伝ギャグのつもりで始めたはずだったんですが……。ふだん東京に暮らしていると、悪い意味で別世界というか、心のどこかで田舎を捨てるという力が働くんです。
そうして自分を東京に合わせてなめらかにもっていないとやっていけないところがある。ただ自分にとってのベースは先生に教えてもらったあの数年間にある。(そのことを描くのは)自分にとって傷をえぐる行為だし、やりきれないかもしれない。ウソを描けば簡単だったと思います。でもウソを書いたら、先生にぶっ殺されるという恐怖心も……(笑)。これは避けられないことだと、腹をくくって向き合うことにしました」

『かくかくしかじか』の仕上がりは早い。「自分にとっての恥ずかしい部分をさらけ出す作業だから」なるべく早く終わらせたいのだという。ギリギリまで何も考えないようにして、アシスタントに「今日、"かくしか"やるから」と号令をかける。ネームに2時間、原稿8時間。毎回1日で仕上げていたという。

そして『かくかくしかじか』を東村アキコの他作品と決定的に違うものにするのは、各話に登場する哀愁を帯びた後悔と懺悔のモノローグ調の一節だ。

「毎回ほとんどぶっつけ本番で描いているようなマンガなんです。
ネームを描き始めるといろいろ思い出してきて、だんだん反省していって懺悔タイムが始まる。『先生に悪かったな……』という懺悔のモノローグが自然発生してしまう。狙ってなかです!」

明るい語り口ながら、会見中の東村アキコは何度も宮崎弁に戻っていた。会場を埋めたメディア陣からも鼻をすする音が聞こえる。マンガ大賞2015選考員の選評でも「熱くて苦くて甘い」「笑えて切ない自伝」というコメントが並ぶ。最終巻が発売されるのは、今日3月25日だ。

「最終回は……みんな泣きながら描いてました。泣いているアシスタントに、泣いてる私が『泣かないで、そこのベタを塗って!』って。あれはすごく不思議な感覚で、悲しいという気持ちもあったけど『描く』ことの意味を感覚的に共有できた。先生の言ってた言葉がアシスタントさんに入っていった。エヴァで言うシンクロ率99%! みたいな」

「先生のおかげでこういう賞もいただけたし、もちろん感謝の気持ちや言葉もいっぱいあります。でも存在が唯一無二過ぎて、先生っていったいなんなんだろう……って。
その答えを探しながら、私は生きていくんだと思います」

誰の心にも、小さな後悔、懺悔、感謝──そんな「かくかくしかじか」はきっとある。だからこそ、東村アキコの『かくかくしかじか』は読み手の心のやわらかいところに、やさしく触れる。

(松浦達也)
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