「まさかまさかで、やったー! うれしいです。本当にうれしいです! いままでも何回もノミネートしていただいて、そのたびに友達から『すごいね』って電話がかかってきてたんです。でも世の中にはすごくたくさんの素晴らしいマンガがあって、そのなかで大賞を獲れると思ってなくて……。実は今日も集英社のえらい人にステーキに連れて行ってもらうという約束をしていたんですが、キャンセルしてこちらに! この後に打ち上げがあるんで、そちらに来ていただこうかなって。受賞の一報は数日前に担当さんからLINEで教えてもらいました。うれしくてもうスタンプをバーッて(笑)」
受賞作『かくかくしかじか』の舞台は作者の出身地である宮崎だ。高校時代に出会ったスパルタながらも実は愛情深い「絵」の恩師との思い出を中心にストーリーは展開する。"師"は竹刀を振り回し、「ヘタクソすぎて紙がもったいないわ!!」と怒鳴り散らす。粗暴にも見えるその姿に「ビタイチ、ウソはない」という。
「もともと、あの話をマンガにするつもりはなかったんです。新連載の企画案を考えるタイミングで(本作の舞台となった宮崎の絵画教室の教え子であり、マンガ家の)はるな檸檬とハワイ旅行に行って、『次のエッセイ、旅モノがよくない? 経費で旅行いけるし!』みたいに盛り上がっていたら、帰りの飛行機で彼女が『("師"である日高)先生のこと書かないんですか?』って。せっかくハワイで豪遊していい気分になっていたのに……。あのことに触れるのは自分で傷をえぐるような行為。なのに『書けるのはアキコ先生しかいないから書いたほうがいいと思う』ってしらけることを……。私としては冗談やめてよ、書かないよ、恥ずかしいよ! ってフライト中の数時間、ずっと『ない! ないない!』と思ってたんですけど……」
帰国後の担当者との打ち合わせを経て、新連載の企画は"女性版『まんが道』"のような作品の予定になったという。当初イメージしていたのは、「パーティで一条ゆかり先生や槇村さとる先生に会わせてもらう」ようなテイストの作品だった。だが実際の『かくかくしかじか』は速報記事で「エンターテインメント作品として巧みな味つけがされているが、随所から感じ取れるのは本人にとっての後悔と懺悔の念」と評させていただいたようなテイストの作品だ(と僕は思っている)。
「あくまで大爆笑自伝ギャグのつもりで始めたはずだったんですが……。ふだん東京に暮らしていると、悪い意味で別世界というか、心のどこかで田舎を捨てるという力が働くんです。
『かくかくしかじか』の仕上がりは早い。「自分にとっての恥ずかしい部分をさらけ出す作業だから」なるべく早く終わらせたいのだという。ギリギリまで何も考えないようにして、アシスタントに「今日、"かくしか"やるから」と号令をかける。ネームに2時間、原稿8時間。毎回1日で仕上げていたという。
そして『かくかくしかじか』を東村アキコの他作品と決定的に違うものにするのは、各話に登場する哀愁を帯びた後悔と懺悔のモノローグ調の一節だ。
「毎回ほとんどぶっつけ本番で描いているようなマンガなんです。
明るい語り口ながら、会見中の東村アキコは何度も宮崎弁に戻っていた。会場を埋めたメディア陣からも鼻をすする音が聞こえる。マンガ大賞2015選考員の選評でも「熱くて苦くて甘い」「笑えて切ない自伝」というコメントが並ぶ。最終巻が発売されるのは、今日3月25日だ。
「最終回は……みんな泣きながら描いてました。泣いているアシスタントに、泣いてる私が『泣かないで、そこのベタを塗って!』って。あれはすごく不思議な感覚で、悲しいという気持ちもあったけど『描く』ことの意味を感覚的に共有できた。先生の言ってた言葉がアシスタントさんに入っていった。エヴァで言うシンクロ率99%! みたいな」
「先生のおかげでこういう賞もいただけたし、もちろん感謝の気持ちや言葉もいっぱいあります。でも存在が唯一無二過ぎて、先生っていったいなんなんだろう……って。
誰の心にも、小さな後悔、懺悔、感謝──そんな「かくかくしかじか」はきっとある。だからこそ、東村アキコの『かくかくしかじか』は読み手の心のやわらかいところに、やさしく触れる。
(松浦達也)