【ベストセラー作家のアイデアを出すコツは?】
夢枕獏『秘伝「書く」技術』がおもしろかった。
「陰陽師」「キマイラ」「サイコダイバー」などのシリーズや、『上弦の月を喰べる獅子』『神々の山嶺』『大江戸釣客伝』などの傑作を書くベストセラー作家・夢枕獏が、朝日カルチャーセンターで行った講義をもとにまとめた本。

創作の秘密を、ストレートに、具体的に、時に熱く語る。

【ベストセラー作家の書く秘訣は?】
第一章は、『大江戸恐竜伝』のアイデアに出会うときから、完成するまでを語る。
南の島に恐竜がいて、平賀源内がそれを連れてくるというアイデアが、“「なぜ源内は南の島に恐竜がいることを知るのか」。それから、「どうやって恐竜を南の島から日本まで連れてくるのか」。この二つの問題が浮上”してくる。
最初のアイデアが、次々と決めなければならない設定を連れてくるのだ。

感嘆するのは、下調べの密度。
『大江戸恐竜伝』では、四〇〇冊を集めたそうだ。
さらに、「中国大陸で生き延びた恐竜」という設定なので、中国大陸雲南省に取材へ。
恐竜の化石の発掘現場にも足を運び、日本で恐竜の化石が発掘された熊本県の御船町も訪ねる。
沖縄の与那国島の「海底宮殿」に訪れ、調べたけれど、使えなかったというエピソードも語られる。
そういった地道な調べる作業の果てに、あの壮大な物語が生み出されるのだ。


【苦境に立たされたときどうするか?】
連載で苦境に立たされる時の話も赤裸々にしている。
ストーリーをどう進ませるか決まらないが、締め切りが近づいてくる。
そんなときどうするか?
“そんなときは勇気を持ってストーリーを進めないように”するのだ。
“ストーリーが進まないベッドシーンやファイトシーンを書いたり、あるいは道草をしたりして、なんとか一話を持たせるのです”。
ベッドシーンに関してはこんなエピソードも語られる。
『魔獣狩り』連載開始のとき、担当編集者に「毎回ベッドシーンを書いてください」と要請される。

まだ若造で実体験に乏しく、書けるあろうかと心配になるが、覚悟を決めて連載を受けた。
そして実際に書き始めると、意外にも書ける。
“ベッドシーンというのはファンタジーなんですね。ぼくは格闘シーンの多い小説も多く書いてきましたが、ベッドシーンと格闘シーンは同じ力を使っている。経験がないからビビっていましたが、ファンタジーとわかってからは、のびのび書けるようになりました。”
しかも、ベッドシーンはストーリーが進まない。
そこが素晴らしい、と。

【ものを生み出そうとする人は】
『秘伝「書く」技術』は、全三章。
第一章 創作の現場 一つの小説ができるまで
第二章 創作の技術 面白い物語をつくるポイント
第三章 創作の継続 どうやれば続けられるか

他にも、「くじけそうなときに自分を支えるものは何か」「資料を読む上で重要なことはなにか?」「『陰陽師』の安倍晴明とデスラー総統の関係」「あとがきの秘密」「文章を上達させる訓練法」「どうやって売れる本を書くか」など、ファンはもちろん、そうじゃない人にとっても興味深い話題が満載。
連載のスケジュール表や、「いつでも書ける状態」のタイトルリスト、『大江戸恐竜伝』年表、など執筆資料の写真が掲載されているのも嬉しい。

最後に印象に残る言葉を引用する。
“ものを生み出そうとする人には、誰もやったことのないことをやってやろうという野心があってしかるべきで、逆に言えば、そういった野心なしに、面白いものは生まれ得ない”。

(米光一成)