Twitterの闇を集めたTogetterで、またひとつ地獄が生まれた。「決して救われない社会的弱者『キモくて金のないおっさん』について語る」というまとめだ。

女性(特にシングルマザー)や若者の貧困や、男女の賃金格差については、だんだん取り上げられるようになった。しかし、社会的な弱者として、「キモくて金のないおっさん」は注目されていないし、救済されてもいない……。
「彼らは一部の男に金も女も奪われて孤独死するのが正しいんですか?」
「買えない、売れない、キモくて金のないオッサンの方がどう考えても詰んでると思うのは俺だけ?」
Togetterにはこのようなツイートが並んでいる。そして「彼らを救えない」ことが「フェミニズム」のデメリットとして挙げられている。

言うまでもないが「キモくて金のないおっさん」というのは非常に偏った言い方だ。そもそも、どういう男性のことを指しているのだろう?

湯山玲子の『男をこじらせる前に』には、このような文章がある。

〈結局のところ男が現実社会で追求するのは、三つ。「出世」「カネ」「女」、である。と、本当につい最近まで、この言説は信じられてきた〉
つまり「キモくて金のないおっさん」とは、湯山の基準で言いかえれば、「出世しておらず、カネがなく、女がない中年男性」ということになる。
このどれもが「競争」からは逃れられない。つまりもっと言うと、「出世しておらず、カネがなく、女がなく、競争に勝てなかった中年(以上の)男性」ということだ。

彼らのつらさは注目されていないのか? 語られているとしたらどんなものなのだろう?

ホームレス問題や生活保護問題以外で、この問いに答えてくれる本がある。
奥田祥子の『男性漂流 男たちは何におびえているか』だ。1人ひとりの男性について、数年〜10年ほどの長期間にわたって取材した本。中年男性が直面する状態について「男性ミドルエイジクライシス」という言葉が使われている。
〈現代社会において、中年男性は漂流しているように見える。そして、男であるがゆえに、様々な問題に脅え、世間の目を著しくこわがっていた──〉
男性は「結婚」「育児」「介護」「老い」「仕事」の問題にぶつかる。

たとえば、第五章に登場する佐々木さん。

彼は団塊ジュニア世代、就職氷河期で、新卒で正社員になることができなかった。正社員登用を目指して契約社員として働いていたが、ストレスで胃潰瘍を発症。最終的に「契約不更新」を告げられてしまった。
その後、佐々木さんは派遣社員として働く日々を送る。しかし2008年のリーマンショックで、「派遣切り」をされてしまった。
2010年に取材を受けた佐々木さんは、このように激昂する。

〈「だいたい、女がいけないんですよ!」「どういうことですか?」(中略)「気が付いたら、求人があるのは、派遣もパートも非正規はみんな女中心の仕事ばかりじゃないですか」〉
〈「この半年ちょっとは全く働いていなくて、嫁さんに食わしてもらっていますよ。最初はパートで英会話教室の事務をしていたんですけれど、仕事ぶりを認められてつい最近、契約社員になったんです。女はやっぱ、得ですね。はっ、はっ……」〉
非正規の仕事が女性の求人が多かったとしても、むしろ多いからこそ、男女の平均年収には大きな開きがある。
……と、その状態の佐々木さんに言ったところで、おそらく聞いてはもらえなかっただろう。

次に佐々木さんと出会うのは、それから4年後の2014年。
2012年から自動車部品の開発設計会社の契約社員として働いていた。
〈「僕はもともと、ものづくりに関わる仕事がしたかったんです。(中略)仕事にやりがいを感じたのは、初めてかもしれません。正社員になれるかどうかは分かりませんが、それも自分の腕次第で、もう会社や社会、他人のせいにはしたくないと思っています」〉
〈「それから……嫁さんのおかげだと、今強く感じています」〉

佐々木さんは、「出世しておらず、カネがなく、競争に勝てなかった中年(以上の)男性」だ。このように書くと、「女がいるだけマシじゃないか!」と思う人もいるかもしれない。
『男性漂流』に登場する「つらい」男性は、佐々木さんだけではない。

「婚活」に疲れて占いにハマってしまう。
出世競争に敗れて「イクメン」としての自分にハマりこむ。
親の介護のストレスでパニック障害になる。
EDが改善した途端、若い女と不倫関係に陥り、妻から離婚を切り出される……。

男の人は、つらいのだ。
フェミニズムのデメリットとしてのつらさではないけれど、彼らの「つらさ」は身に染みる。「出世」にも「カネ」にも「女」にも縛られないように生きられればいいけれど、今はまだそういう生き方は難しそうだ。

ちなみに、私は以前「将来が見えなくてつらいです〜」と年収800万の男性に愚痴ったことがある。彼の返答はこうだった。
「俺だってつらい! 会社の中ではもう出世はしないのがわかりきってるし、言ってしまえば負け組だ!」
「つらい比べ」は虚しさしか残さない。お互い、やめましょう(提案)。

(青柳美帆子)