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岩田聡がいなければ今の自分はなかった。決してノーと言わない天才プログラマーをマイコン時代から振り返る

ファミコン以前に「マイコン」のカリスマだった岩田さん


いつもと変わらない一日。いつもの日課で塗ったり塗られたり主に潰されに行った『スプラトゥーン』のハイカラシティで、すれ違うイカごとに「岩田さんありがとう」というイラスト入りのメッセージ。百万本のニュース記事より「ああ、本当なんだな……」と喪失感がこみ上げた瞬間でした。
岩田聡がいなければ今の自分はなかった。決してノーと言わない天才プログラマーをマイコン時代から振り返る
追悼ムードからいつもの空気に戻りつつあるハイカラシティ。僕らが楽しく『スプラトゥーン』を遊ぶことが岩田さんにとっても嬉しいはず……お疲れ様でした、そして有難うございました。

55歳の若さで、濃密すぎる人生を駆け抜けた任天堂の岩田聡さん。2002年に社長に就任してからの13年はあっという間でしたが、筆者は振り返れば30年以上前に間接的に出会ってました。残念ながら一度も面識を得る機会はなかったんですが、岩田さんがいなければ今の自分もなかった…。氏の古巣であるHAL研(HAL研究所)のゲームと出会わなければ。
遡ること1980年代の初め、まだ「パソコン」が普及する以前に「マイコン」と呼ばれていた頃。ナイコン(マイコン持ってない人)だった筆者が親にNECのPC-8001mk2をねだったのは、HAL研の販売した拡張ボード・PCG-8100上で動くアーケードゲーム(ゲームセンターのゲーム)そのままの移植ソフトに一目惚れしたからです。

ヒューレット・パッカードのプログラム電卓でゲームを作って同社をビックリさせた岩田さんが、池袋・西武百貨店のマイコンコーナーで腕を振るって(当時のマイコンは高価で学生が買えなかった)スカウトされ、HAL研に「唯一のプログラマー」としてゲーム作りのバイトに没頭した話は、追悼記事があふれる中で耳タコでしょう。

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