しかし当時32歳だったこともあり、変わるんだったら大きく環境を変えないと得るものが少ないと考え、アメリカ行きを決断しました。最後はそうとうビビって決めましたが(笑)」

【「阪神に行きたくない10カ条」の真相】


ところで阪神と田口氏といえば、これを思い浮かべる方もいるのでは。1991年のオリックス入団前、田口氏は阪神への入団を拒否する声明を発表したことがある。このことについて話題を振ると、こんな答えが返ってきた。
「自分の中では当時も阪神が嫌いなどという思いはなく、若さゆえの至らなさが招いてしまったことです。オリックスの担当スカウトが大学の先輩だったこともあり、どうにかしてオリックスに行きたいという気持ちが強すぎました。そのときに発した自分の言葉がマスコミの方々に誇張されて伝わってしまったんです。今思えばなんにも言わなければ良かったのですが。当時は多くの方に迷惑をかけてしまいました。今でも申し訳なかったと思っています。」

【アメリカから日本へ】


田口氏は8シーズンをアメリカで過ごした後、2010年からオリックス復帰を果たす。しかし肩の故障もあり、2011年のシーズンオフに自由契約に。その後現役復帰を目指してリハビリするも、願い叶わず2012年の7月31日、現役引退を発表した。
田口氏ほどの立場であれば、引退試合を行うこともできただろう。だがそれをせずに現役にこだわった理由はなんだったのか。
「話さなくても分かった」田口壮氏が語るイチローとの思い出

「肩が治ったらまだ現役でやれると思ったんです。足も衰えていなかったですし、体型も変わりませんでしたしね。しかし時間がなく結局引退という形になってしまいました。」
しかし現役を目指して奮闘する田口氏の勇姿に多くのファンが勇気づけられた。

最後にファンにとっては気になるところを尋ねてみた。それは監督として球界に復帰しないのか、ということ。
「とにかく今は野球を外から勉強したいと思います。仮に監督のオファーがあったとき、100%の自信を持って『受けます』と言えるようになっていたいです」と田口氏。
しばらくは解説者として活躍する田口氏の姿をテレビで見られそう。日本の野球にもメジャーリーグにも詳しい田口氏から私たち視聴者も多くを学んでいきたいです!
(さのゆう90)