先日、ヤクルトスワローズが2001年以来のセ・リーグ優勝を果たしました。そこで今回はヤクルト優勝を記念し、前回の優勝時はどんな様子であったのか、振り返っていきましょう。


【4人が名球界入り!豪華な打者陣】


2001年のヤクルト基本オーダーは、以下の通りでした。

1(中)真中満、2(遊)宮本慎也、3(右)稲葉篤紀、4(一)ペタジーニ、5(捕)古田敦也、6(三)岩村明憲、7(左)ラミレス、8(二)土橋勝征

特筆すべきは古田・宮本・ラミレス・稲葉の4人がその後、2000本以上の安打を放ち、名球界入りを果たしたことです。この年も打線が好調で、上位から下位まで抜け目ない活躍をしていました。
攻撃パターンは次のような感じでした。現在はヤクルトの監督を務める真中(打率.312)が出塁し、宮本がバントで繋ぎます(この年の67犠打は今も歴代最高記録)。そして全員が3割を超えるクリーンナップ稲葉・ペタジー二、古田がランナーを返します。特にペタジー二はこの年、本塁打王と打点王の2冠に輝いています。下位打線も一発がある岩村・ラミレス、粘り強さに定評のある土橋が控えており、抜かりない打線でした。

【投手陣も安定していたヤクルト】


2001年は今と比べ、かなりボールが飛びやすい「打高」でした。そのため投手からするとかなり不利ではあったのですが、この年のヤクルトは投手陣も安定した成績を残していました。
先発投手のローテーションを担ったのは、藤井秀悟・石井一久・入来智・ホッジスら。特に藤井はこの年、ブレイクし、最多勝を獲得する働きを見せました。
そして先発陣だけではなく、リリーフ陣も抑えの高津臣吾を中心に安定しており、後に「ロケットボーイズ」と呼ばれる石井弘寿や五十嵐亮太などの活躍もありました。

【古田の負傷も 苦しんだシーズン終盤戦】


途中まで順調に首位をキープしていたヤクルトですが、終盤には巨人の猛追に苦しめられます。
長嶋監督の「ミラクル・アゲイン」の合言葉のもと、一時は巨人に1.5ゲーム差まで詰められました。
この苦戦の原因には、攻守の要である古田が8月終わりに左膝後十字靭帯を損傷し、1カ月近く捕手として出場できなかったことも挙げられます。しかしその間、代役捕手を任された小野公誠をはじめとした選手がカバーし、最終的には全員で優勝を掴み獲りました。

2001年以来の優勝を果たしたヤクルトには、CSと日本シリーズが待ち受けています。2001年は日本シリーズで大阪近鉄バファローズを下して見事日本一に輝きましたが、今年はどうなるでしょうか。まだまだプロ野球シーズンは終わりません! 選手たちの奮闘に期待したいです。

「ヤクルト優勝(サンケイスポーツ特別版2001年10月31日号)」
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