戦中の暴走を見た相手は、日本に徹底的な「罰」を与え、二度と戦争できない国にしようとしたわけだ。一方、敗戦日本の国民は、「日本暴走を止められなかった人たち」として、着替える服、食べる物がなくても、ノミやシラミや伝染病で苦しくても、大勢が何の助けもなくしばらく放置された。
この数年間の、大量の人々が同時に体験した圧倒的な貧困を書いたのが『戦後の貧民』だ。

戦後の貧民
著者は、貧困や差別について様々に書いている塩見鮮一郎だ。7歳の時に終戦を迎え、自身の人生にもその期間が直撃している。
本書では戦後の混乱から闇市の発生、米兵向け「特殊慰安施設」、原爆やシベリア抑留など、多方面で発生した苦難を「貧民」というキーワードで横断しながら書いてみせる。
何年も続いた異常
終戦を機に、兵士や民間人1000万人以上が移動し始めたという。家のない者も多い。がれきやゴミから物を寄せ集め、人々が浮浪している。戦後時間が経っても改善されず、「年単位」でそういう異常な状況が続いた。
一方の占領軍も、自爆攻撃をやったような狂信国家を相手にしている。テロに厳重警戒するなかでマッカーサーが、ペリーの黒船が停泊したのと同じ一に到着した。
さまざまな「貧民」
貧民といっても種類はさまざま。だが共通するのは、「十分な支援を受けず、逆に弾圧を受ける」という部分だ。
住む場所もなく金属などをひろって生活する者は、復興とともに邪魔者扱いされる。公園などの住処は撤去され、捕まれば強制的に施設に入れられる。
生きる手段がなく「特殊慰安施設」で米兵を相手にする女性も、性病蔓延によって都合良く解散させられ、これまた強制的に病院に入れられたりする。傷つき自死した人もいる。
四肢を失うなど、大ケガで帰ってきた兵士や、夫をなくした妻を、戦中の人々は「立派に戦って偉い!」などと褒めていた。だが終戦後は無惨なものだった。軍の関係者を優遇する「恩給」もGHQによって廃止され、「生きるな」と言われるようなものだった。
国のためだと散々煽られた人々。何重にも何重にも、さまざまな媒体・さまざまな方向から教育を刷り込まれ、身を国に捧げた。その結果、ボロボロになった。そうしたら今度は「復興の邪魔もの」扱いである。
本書はそういった経緯や状況、当事者たちの目線を、関連した書物などから随時データを引用しつつ書いている。
(香山哲)