
41話は、こんな話
駕籠に乗ってやって来た新次郎(玉木宏)の優男っぷりに坑夫たちは首をひねるばかり。
新次郎は、もっと自分が強くならないといけないと反省するあさに、柔らかであれと諭す。
あさは坑夫たちに「あなた方ひとりひとりが、新しい日本をつくっているという誇りをもって働いてください」と呼びかける。
女中は見た
新次郎が家の仕事もせずふらふらしているわけは、20年前に何かがあったかららしい。
週タイトルにもなっている本題が語られはじめた41話は、家政婦は見た的な女中は見た、の巻。
20年前に起った新次郎の秘密を、近頃、掃除している代わりに、雁助(山内圭哉)から聞き出そうとするうめ(友近)。
雁助は金貸し業をやっているだけあって、貸し借りにシビアというのか、借りたら返す性分のよう。16話では、あさが襦袢に当て布してくれた御礼に商いのことを教えていたし。
その性分をまんまと利用するあさやうめはクレバーだ。
うめは、雁助に手を触れられて、一瞬、女の顔になったものの、すぐさま秘密を聞き出すという使命に邁進するところも立派。
でも、ほんとに善意で掃除していたのか? 盗み聞きするためのカモフラージュでなく?
めっちゃ男性批判
あさのお口ふさぎの、ニューバージョン登場。
厳密に言えば口ではなくほっぺたをのばす行為だが、目的としては、あさが自分はもっと強くならなくてはと思い詰めて言うのを止めることなので、口ふさぎの応用編と考えてもいいだろう。
新次郎は、あさのほっぺたを大福餅に例え(その前に、亀助〈三宅弘城〉に席を外させるために大福を買ってこいと命じているのは、あさの顔を見て思いついたのか)、商いに気の強さが必要なのはわかっているが、あさにはピストルは似合わない、大福餅のほうが似合うと言う。
「あんたの柔らかいとこに触れるたんびに『ああ かなわへんな』っていつもそない思うで。相手まかしたろうと思うて武器もつやろ。
太古の昔からといえば・・・古代ギリシャ、アリストパネスによって「女の平和」が書かれたように、戦争するのは男、そんな男は駄目! という考えがずーっとあるにも関わらず、いっこうになくならないのはなぜなのか。
そして、柔らかさと言われたのに、坑夫たちと相撲で勝負しようとするのはなぜなのか。力士は大福餅のように柔らかそうなひとが多いが、あさの体は大福的では全然ない。
今日の細かい
腕のポツポツにクスリを塗ってる新次郎。駕籠のなかで虫に刺されたのだろうか。それとも炭坑の小屋に虫がいるのか? 炭坑に見学に来たときもぽりぽり掻いていたなあ。
その分、あさのほっぺを触る手つきは優雅。柔らか〜な指遣いに見惚れる。
「なんち この景色が似合わん お人やろうか」と宮部源吉(梶原善)の台詞が端的過ぎ。
(木俣冬)
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