
49話は、こんな話
明治6年(1873年)、炭坑は順調だったが、あさは内心、仕事漬けの自分が周囲からは男性のように思われていることを気にしていた。そんなあさに、五代友厚(ディーン・フジオカ)は、もっと大きな目でみたら男も女もそうたいした違いはないと慰める。
ハズバンド
「私がハズバンドだったら・・・」
言っちゃった。
五代はやっぱりあさのことが好きなのか。妻帯者じゃないのか。
謎は謎を呼ぶ、五代友厚。五代に関する書籍に手を出してしまいそうだ。
ふゆにしても五代にしても急激に思いが募ってきていて、ラブラブのあさと新次郎(玉木宏)との間に、なんとか問題を起こして盛り上げようという制作側のねらいが感じられる。でもおもしろいから全然いい。もっとやってほしい。
そして、やっぱり、英語は便利。本音をストレートに口から出さないで済む。
それにしても五代は、こと仕事に関してはあんなに押しが強いのに、女性というかあさに対しては過剰にピュア。
「何も生えてなんか。」とあさを見て微笑む表情はたまらなかった。
あの笑顔に何も感じないあさって・・・。でも新次郎があまりにも優しいから無理ないか。「学問のすすめ」を読んで疲れて寝てしまう場面に五代が勝つのはなかなか難しそうだ。
「ハズバンド」の意味をあさが知るときは来るのだろうか。
男女差別のないひともいる
あさと五代の対話は萌えだけではない。大変重要な問題を語っている。
男女の差異をはっきりさせようとする日本人に対して、五代が「もっと大きな目でみたら男も女もそうたいした違いはない」と言い、あさも、炭坑の人たちは一度心を開いたら男女の区別などなく接してくれると、今の環境の不自由さを思う。
そういう理由があれば、あさがついつい炭坑に足を運んでしまうことも仕方ない気になってくる。
いつも明るいけれど、人知れずくよくよしているあさのことは、どうにも憎めない。
流行語候補その3「ま、ええか」
「ま、ええか」
最近、よく出てくる台詞。「なんでどす」「びっくりぽん」に続いて第3の決め台詞を投入か。
同時代を描いている大河ドラマ「花燃ゆ」における「せわない」にも通じるこれ。
いや、でも、あさが五代の気持ちを「ま、ええか」で済ませるのは、よの(風吹ジュン)が悪気なく人を傷つけていることにも近いと思うぞ。気をつけて!
(木俣冬)
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