
2011年末に誕生した「横浜DeNAベイスターズ」。
ビジターユニフォームからの企業名排除以外にも、横浜スタジアムの買収計画、神奈川県下の子どもたちへキャップ72万個無料配布と、このオフ、DeNAの動きが例年以上に活発だ。それを裏付けるようなコメントが最新号の『Number』に掲載されていた。
「私が球団社長になった年、大きな違和感を覚えたことがあります。野球のシーズンが終わると同時に、会社の中にもオフ感が漂っていたことです。シーズンオフにどんなマーケティング活動をするか? 空白期間の活用を考えるようになってからは、オフの間も会社の中は元気いっぱいですし、冬の横浜の街はベイスターズの広告で彩られています」
発言の主は、横浜DeNAベイスターズ社長の池田純。球団の親会社になった2012年以降、球場内外でさまざまな改革案を実施してきたDeNAは昨季、1998年の優勝時に迫る観客動員数(181万人)を計上。4年連続でBクラスにもかかわらず、そして昨季は最下位にもかかわらず、動員数の伸び率は過去4年で165%増にも及んでいる。まさに「どんなマーケティング活動をするか?」の賜物だ。
さて、この池田社長の言葉と似たフレーズがある野球マンガで描かれている。
「何もないからオフ・シーズンなんでしょ、玉田さん」
「そこを探すのが真の営業マンだろ、川村くん」
新作野球マンガ『ハートボール』1巻での一コマ。

プロ野球に出向させられた男の物語
大手食品メーカー・はっぴ〜製菓営業部で出世争いに敗れ、干されていた玉田直太郎。そんな男が子会社であるプロ球団、横浜はっぴ〜オーシャンズへの出向を契機にビジネスマンとしての生き甲斐を取り戻す、というストーリーだ。
◎リピーター獲得のためのポイントサービス
◎キャンプ地選定を巡る攻防、予算、マスコミ露出
◎割引チケットの功罪
◎ビールの売り子のアイドル化
etc.
本拠地が横浜、球団買収、弱小球団、割引チケット……と、DeNAを連想させる要素が満載となっている。
たとえば昨季、DeNAで一番驚かされたのが「ヒゲ割」企画。球団OBであるカルロス・ポンセと屋敷要、球史が誇るヒゲ紳士の二人から認定されたファンに割引チケットをプレゼントする、というこの割引サービスは、往年ファンの心を掴みつつ、現在のファンの利益にもつながる好企画だった。
このように、どんな割引サービスをすれば来場者数は増えるのか。割引した分の損益分岐点、そして割引対象とはならないコアなファンとの関係性といった、まさに今の球界において急務のテーマがしっかりと描かれている。
「普通のサラリーマンが平日の6時から試合観れると思ってんスかァ!?」
「お客さんは価値に見合った値段を求めているんです!」
「不当な値引きに応じたら、熱烈に応援してくれるオーシャンズファンを裏切る事になります!」
これらは主人公・玉田直太郎の叫びでありつつ、野球をもっと応援したいファンの言葉であり、現場で奮闘する球団職員たちの切実な悩みなのではないだろうか。
「野球経営論」がようやくマンガのテーマに
プロスポーツチームの経営戦略とチーム強化、ファンサービスの難しさを描いた作品としては、サッカー界であれば『オーレ』(能田達規/新潮社)などがこれまでにもあった。Jリーグ誕生から20年の間に急速な発展を遂げたサッカー界は、その成長速度の速さ故の問題点やゆがみがあり、経営危機に陥るチームが相次いだ。だからこそ、ドラマになった。
一方、80年の歴史を誇るプロ野球は、その歴史の上にあぐらをかいて「経営意識」「ファン離れ」への懸念が希薄だった。
DeNAの経営戦略が話題を集め、カープ女子がブームとなり、侍ジャパンビジネスが賑わいを見せる今、「野球とビジネス」「野球経営論」がようやくマンガのテーマになった、というのが感慨深い。
物語は1巻終盤、対処療法的な小手先のサービスではなく、勝つことこそが真のファンサービス、というどこかで見たような豪腕GMが登場。玉田とぶつかる様子が描かれている。DeNAをモデルにした序盤から、広くプロ野球全体が抱える問題点や課題を取り上げてもらえれば、「野球とビジネス」を考える一助になるのは間違いない。
ただこの作品、ひとつだけ不満がある。小学館のサイトなどで掲載されている作品紹介だ。
「青春野球マンガの巨匠が描く傑作『着タイ』野球マンガ! 」
何だよ、「着タイ」って……。せめて「背広組」とか、もっと伝わる言葉があるでしょうに。どうすれば球団の価値が高まるか、というテーマを描いていながら、その作品の価値を高めるアイデアに欠けているのが残念でならない。
(オグマナオト)