事件をきっかけにF1デビューしたシューマッハ
シューマッハは幼少時にカートを始め、後にドイツやイギリス、日本のF3にも参戦している。その後、才能を見いだされたシューマッハは、メルセデスが主催する若手育成プロジェクトに選ばれたのだった。
シューマッハがF1デビューをしたのは1991年。この年に初めてF1に参戦したジョーダン・グランプリ(現在は消滅)からだ。この年、ジョーダンに所属するベルトラン・ガショーがタクシードライバーと揉め事を起こした際、催涙スプレーを吹きかけて禁固刑に。
ベルトラン・ガショーの代役としてシューマッハが選ばれ、F1デビューとなった。
わずか1試合で移籍したシューマッハ
シューマッハは初戦となったベルギーGPで早くも才能の片鱗を見せた。難関コースと知られたスパ・フランコルシャンで躍動し、予選7位に食いこむ走りを披露。決勝はリタイアとなったが、強烈なインパクトを与えた。
このレースの後、早くもベネトンへ移籍したシューマッハ。シーズン途中での移籍ながら入賞を何回か果たすなど期待通りの活躍を見せる。そして翌年の第二戦メキシコGPで初の表彰台に昇ると、第12戦のベルギーGPでは見事に初優勝。早くもトップドライバーの仲間入りを果たした。
シューマッハのその後
シューマッハはベネトンで二度F1チャンピオンを獲得した後、フェラーリへ移籍。
シューマッハはその後もF1で数々の記録を打ち立てた後2006年に引退。引退後のシューマッハは2012年、スキー事故で意識不明の重体に陥り、生死が危ぶまれた。しかし現在は意識が戻り最悪の危機は脱したそう。ファンとしては、回復して皇帝といわれた男の勇姿をもう一度目にしたい。
(篁五郎)
皇帝ミハエル・シューマッハの軌跡―Danke,Schumi!