アメリカ留学中に起きた悲劇
事件の概要はこうだ。
日本の高校生、服部剛丈君はAFS奨学生としてアメリカに留学し、その生活を満喫するはずだった。
留学先のアメリカで生活を始めた服部君はホストファミリーの家庭にも馴染み、ホストファミリー宅のウェブ君と同じ高校に通うことになっていたのである。
ところが……そんな最中に日本中を驚かせた事件が起きた。
事件の発生は10月。この時期と言えば、今ではハロウィンの話題で持ち切りになる。しかし、当時の日本でハロウィンを祝う人はそれ程多くはなかった。だから、服部君も留学先でのハロウィンパーティを心から楽しみにしていた(ようだ)。このときのハロウィンパーティは日本人留学生を招くために通常のハロウィンパーティより早めに開催されたことも事件の要因に。事件が起きた日、は10月17日の夜。服部君はウェブ君と一緒にハロウィンパーティの会場に向かっていた。ウェブ君は怪我をしていたのでギブスと包帯をつけ、服部君は映画「サタデーナイトフィーバー」の主人公ジョン・トラボルタに仮装した。
悲劇が起きたのは、少年たちが、訪問する家を間違えて別の家の敷地内に入ってしまったからだった。その家にはハロウィンの飾りつけもされてあったことから、二人はそこがハロウィンパーティの会場となる家であると信じて疑わなかったのだ。
「フリーズ」と「フリーズ」。文化の違いが事件のきっかけ
呼び鈴を鳴らしても誰も出て来なかったため、二人は家を間違えたのだろうかと思い始め、戻ろうとしていた。しかし、その家の主、ロドニー・ピアーズの妻が二人の若者を侵入者だと思い込み、慌てた夫が銃を持ってやって来たのだった。そして、服部君たちに「Freeze(「動くな」)」と銃を向けて警告したのだ。しかし服部君は誤解を解こうとするため、「パーティに来ました」と微笑みながら答え、相手に向かって近寄って行ったのである。そこで、まさか自分が本当に銃で撃たれるとは思いもしなかったのであろう。その後も、裁判での証言などによると、ピアーズは何度か「動くな!」と叫んだとされている。しかし変装した相手がその警告を無視して近づいて来たことで怯えてしまい、44口径マグナムで近づいて来る相手を撃ったのだった。
止まるように警告されたにも関わらず服部君が近づいたのは、「Freeze(フリーズ/動くな)」と言われたのを「Please(プリーズ/どうぞ)」と聞き間違えたからと言われている。いずれにしろ銃が生活の中に定着したアメリカでは、その危険性についても多くの人が理解している。
刑事訴訟では無罪になったが民事で逆転勝訴
この事件、当時の日本での反響はかなり大きかった。一人の留学生がハロウィンパーティというアメリカ特有の文化を体験する中で、まさか射殺されてしまう……
一方、日本でのニュースの過熱ぶりに比べてアメリカでは、この事件が大きく取り上げられることはなかった。アメリカでは一般人でも簡単に銃を手にすることができる。そのため、銃による事件は、それ程珍しいものではない。そこで、この事件でも、射殺が行われたのは果たして正当防衛のためなのか、それとも殺意があったのかどうか、ということに焦点が置かれた。
アメリカの裁判は陪審制だが、陪審制の裁判において全員一致でこの殺害事件は正当防衛であると認められたため、結果として服部君を射殺した家の主人は無罪になったのだ。そこで今度は遺族によって民事裁判が起こされたが、民事裁判では刑事裁判とは逆の判決が下されることになる。ピアーズ家が複数の銃を所有していたこと、過去に敷地内に入った犬などの動物を射殺したことがあること、家の主人が妻の前夫ともめた結果、事件の前に顔を合わせたときに「殺してやる」と言っていた、などの理由により有罪とされたのだ。
情報社会においても危険がなくなるわけではない
アメリカは日本と違う銃社会だ。日本では殺人事件が起こっても事件に銃が使われることはあまりないが、アメリカの場合は銃による事件は頻繁に発生する。
銃を持てるから銃による事件が起きてしまうのか、それとも銃を持たないと危険だから銃を持つのか。
以前に比べると、国際テロなど、様々な事件に日本人が巻き込まれる可能性も増えてきている。自国を離れたら、「郷に入っては郷に従え」さらに、如何なる場合も「石橋を叩いて渡る」という用心深さがますます必要になるのかもしれない。