藤井聡太七段の快進撃が続いている。数々の最年少記録を塗り替え、もはや新人王戦の優勝くらいでは騒がれなくなった天才棋士の登場で、かつてないほどの盛り上がりを見せる将棋界。
この先、藤井七段が数多くのタイトルを獲得することはほぼ間違いないだろう。

しかしながら、将棋界の「藤井」といえばこの人の存在を忘れてはいけない。90年代後半に将棋界を席巻した「藤井システム」の考案者にして、棋界最高峰の竜王戦を3連覇した藤井猛九段だ。独特の美学を感じさせる個性的な差し筋と、突拍子もない比喩を交えたユーモラスな解説……。将棋ファンから「藤井てんてー」の愛称で親しまれている彼は、いかにして竜王戦3連覇という偉業に至ったのか。その足跡を振り返ってみたい。


最も遅咲きの「羽生世代」


将棋界の藤井は聡太だけじゃない! 竜王戦3連覇を果たした藤井猛の雑草魂
藤井猛 画像はAmazonより

1970年生まれの藤井猛九段のキャリアは、同じ姓の藤井聡太七段とはまるで対照的だ。なにせ、藤井聡太がプロ入りした14歳(中学2年生)のころ、藤井猛はまだ奨励会(6級から三段までの棋士が在籍し、四段でプロ棋士に昇格)にすら入会していなかったのだから。当時の藤井少年には身近に将棋を指す相手がおらず、もっぱら本とテレビ番組を通じて地道に独学を続けていたという。

中学2年生の秋に、ようやく奨励会への登竜門である研修会に入会した藤井少年。しかしその1年後、1985年の11月に受験した奨励会の入会試験に不合格。「これで俺の将棋人生は終わり」というほどの絶望感に打ちひしがれる。一方で、藤井と誕生日がわずか2日違いの羽生善治は中学3年生にしてプロに昇格。
かたや奨励会落ち、かたや奨励会を突破してプロ入りと、15歳にして覆しがたいほどの大きな差を付けられてしまった。

しかしここから藤井は急成長を遂げる。1986年に奨励会入りを果たすと、挫折をバネに努力を重ね、順調に昇級・昇段を重ねていく。そして1991年、羽生に遅れること約5年、20歳で念願のプロの舞台に辿り着いた。秀才揃いの「羽生世代」の中では最も遅い部類に入るデビューだったものの、藤井は頂点を見据えてひたすら自らの牙を研ぎ続けていた。

藤井システムの強烈な革新性


得意戦法の四間飛車を鰻に喩え、自身を「鰻しか出さない鰻屋」と称するほど生粋の振り飛車党として知られる藤井猛九段。根底には、はるか先を行く羽生ら同世代に追いつくためにあえて戦法の研究範囲を狭め、研ぎ澄まされた必殺の武器を確立するという狙いがあった。
そしてその狙いは、革命的な四間飛車・藤井システムの発明という形で結実する。

90年代当時、将棋界では玉をしっかりと囲む居飛車穴熊という重厚かつ守備的な戦術が猛威を振るっていた。「振り飛車は居飛車穴熊の餌食」というのが半ば常識とされる中で、相手の穴熊が完成する前に居玉(玉を動かさない状態)のまま猛然と敵陣に切り込む藤井システムの斬新さは、強烈なインパクトをもって将棋界に迎えられた。「居玉は避けよ」というこれまでのセオリーを真っ向から否定する藤井システムの発明によって、藤井猛は1996年度の升田幸三賞(新手、妙手を指した者や、定跡の進歩に貢献した者に与えられる)を受賞。以後、昇竜の勢いでトップ棋士への階段を駆け上っていく。

竜王奪取、そして羽生を破っての3連覇


1998年、藤井猛は将棋の7大タイトルの中でも名人戦と並んで最高の格を誇る竜王戦の挑戦者決定トーナメントを勝ち抜き、谷川浩司竜王(当時)と対戦。4勝0敗のストレートで見事に竜王の称号を奪取する。
翌1999年は同じく振り飛車党の鈴木大介を相手に4勝1敗で竜王位を防衛。そして2000年には、ついにあの羽生善治を挑戦者として迎えることになった。

竜王戦の直前に行われた王座戦の5番勝負で、名人と竜王以外のタイトルを独占していた羽生五冠(当時)に2勝3敗のフルセットで敗れていた藤井竜王。ちなみに、それまで羽生を挑戦者に迎えてタイトルを防衛できたのは谷川浩司ただ1人だけ。全盛期を迎えていた史上最強の棋士を相手に、藤井は凄まじい勝利への執念を見せる。3勝3敗で迎えた最終第7局を制して、竜王戦史上初の3連覇を達成。
15年前、奨励会に同時に在籍することすらできなかった天才棋士に、挫折から這い上がった雑草が追い付いた瞬間だった。

「藤井決戦」が待ちきれない!


ちなみに、藤井システムは理屈としては将棋の素人にもわかりやすい戦術のように思えるものの、実際には局面の変化が膨大なため「藤井システムを使いこなせるのは藤井猛本人と羽生くらい」だという。2017年の非公式戦で羽生善治三冠(当時)と藤井聡太四段(当時)が対局した際には、羽生が藤井システムを用いて藤井を打ち破っている(ややこしい!)。

いまだ実現していない藤井猛九段と藤井聡太七段の対局。とはいえ、順位戦のクラスは藤井猛九段がB2、藤井聡太七段がC1と間近に迫っており、そう遠くないうちに「将棋界の藤井決戦」が行われることになるはずだ。羽生をしのぐほどの天才とも評される相手に対して「非公式戦なら藤井システムを指す」と宣言している藤井猛九段だが、真剣勝負の舞台ではどのような戦法を選ぶのだろうか。
対戦が決まった暁には、すべての将棋ファンにとって垂涎の一局になりそうだ。

(曹宇鉉/HEW)