一般的な価値観からズレること、つまり、モラルから乖離することが笑いを生むともいえますが、テレビにはコンプライアンスがあります。しかも90年代後半から2000年代にかけては、「超・放送規制時代」ともいうべき、テレビ不遇の時。2000年に『めちゃイケ』の大人気コーナー「しりとり侍」が放送倫理・番組向上機構(BPO)の指摘により、打ち切りを余儀なくされたことは、まさに時代を象徴するかのような事件でした。
しかし、その流れに抗するかのように、“攻め”の番組を手掛ける作り手がいるのも事実。『ワンナイ』は間違いなく、そんな数少ない番組の一つでした。
人気もあった一方で批判も多かった『ワンナイ』
雨上がり決死隊、DonDokoDon、ガレッジセールなど、当時、勢いがあった吉本芸人で構成され、2000年に始まったこのバラエティ。当時は『エブナイ』というタイトルで深夜枠にて放送され、その後、何度かのタイトル変更、ゴールデンタイムへの移行などを経て、約6年の長きに渡って続きました。
番組では、雨上がりの宮迫と、ドンドコ山口のデュオ「くず」や、ガレッジセールのゴリ扮する「ゴリエ」など、名物キャラを多数輩出し、人気を博す一方、過激な演出で批判も多く浴びていたと記憶します。
当時、整形疑惑で話題となっていたマイケルジャクソンをネタにしたキャラ「ゴリケルジャクソン」や、和光堂株式会社の粉ミルク「ぐんぐん」を小池栄子に振りかけるコントなど、「これ大丈夫か?」という内容のものもしばしば。
その「ギリギリ」を攻める姿勢こそ、同番組の持ち味であり、魅力だったのですが、あるとき、その「ギリギリ」のラインを大きく超えてしまいました。それが、番組のワンコーナー「ジャパネットはかた」内で取り上げた、「王シュレット」だったのです。
王貞治監督を侮辱 批判の嵐に
ジャパネットはかたは、その名の通り、「ジャパネットたかた」のパロディ。ドンドコのぐっさん演じる「はかた社長」が、博多弁で福岡にまつわる商品を紹介していくという、よくある「通販コント」です。
「王シュレット」は、当時、福岡ダイエーホークスの監督だった王貞治氏の模型を便器に仕掛けたウォシュレット。ボタンを押すと、王監督模型の口から水が噴き出すという仕様のものです。番組では、実際に宮迫がパンツを脱ぎ、「洗浄」するシーンも放送していました。
当然、この内容を「世界のホームラン王への侮辱」と捉えた視聴者が憤慨したのは、言うまでもありません。番組終了後から、批判や苦情の電話が殺到。フジテレビ側が、本人と球団関係者へ直接謝罪するまでの問題へと発展しました。これで一件落着……。といきたいところだったのですが、騒動はまだ終わりません。
ジャパネットたかたとTOTOがスポンサーを降板
この事態を遺憾に思ったホークスの高塚猛オーナー代行が、日本シリーズ中継にフジテレビ系列のテレビ局を推薦しない方針を決めたのです。さらに、ジャパネットたかた、ウォシュレットの製造元であるTOTOが、『FNNスーパーニュース』などのフジ系列の番組スポンサーを降りると宣言。
8月20日~9月末まで、『ワンナイ』では企業CMではなく、公共広告機構に差し替えるという自主規制にて反省の意をしたものの、このような大きな制裁を加えられてしまいました。
全国のFNS系列局に損害を与えたという意味で、不本意ながら、歴史に名を残してしまった『ワンナイ』。確かに、一個人の名誉を傷つけたことは、糾弾されて然るべきでしょう。しかし、そこにも「王監督のような偉大な存在を便器化する」という、モラルとのズレを狙った笑いの論理が働いているのです。セオリーは間違っていなかったのですが、そのセオリーを突き詰めすぎて、周りが見えなくなった悲劇だったのでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonより水10!ワンナイR&Rスペシャル ゴリエのワンナイ結婚マニュアル完全版 [DVD]