「あれは黒歴史だった」「完全に黒歴史になるわ」などといった感じで、今では日常会話に当たり前に取り入れられているが、この言葉の出自が「ガンダム」だったということは、案外知られていない。
「黒歴史」を生んだガンダム
その言葉が登場した作品は、1999年に放映開始されたガンダムシリーズ、「∀(ターンエー)ガンダム」。
これまでの作品とは異なり、地球はプロペラの複葉機やクラシカルスタイルの自動車が行き交う世界。人々のファッションや家屋のつくりもふくめ、19世紀から20世紀はじめぐらいの雰囲気、ちょっと「世界名作劇場」的な香りも漂っていた。
そんな地球に、月で生まれ育った人びと「ムーンレィス」である主人公ロラン・セアックらが降り立つところから物語は始まる。そして月の女王・ディアナ・ソレルと地球のお嬢様キエル・ハイムがソックリということから、ストーリーは大きく動きだす。
この地球、一度文明が大きく滅んだ後に再び発展した世界。「黒歴史」とは、滅びる前に繰り返されてきた、モビルスーツによる戦争が繰り返されてきた歴史のことを指す。
市民権を得ていった「黒歴史」
これまでのガンダム作品、アムロやシャアが活躍した宇宙世紀も、『W』も『G』も、すべてがこの「黒歴史」に含まれる。そんなわけで、∀の世界では、かつて活躍したモビルスーツは、かつての文明の時代の産物なわけで、地中から発掘され、「機械人形」と呼ばれたりする。主人公機の∀ガンダムは「ホワイトドール」、ザクは「ボルジャーノン」と呼ばれたりもする。このモビルスーツによる戦争が巻き起こった、愚かだったとされる時代、それこそが「黒歴史」というわけだが、この言葉がなんとも斬新、印象的だった。
この言葉力、やはりなんといっても富野由悠季総監督の言語感覚ならではのものだと思う。そのインパクトと語感、そして「隠したい恥ずかしい過去」を指す自虐的な気分にちょうどいい使い勝手のよさ、これらから、この言葉が作品を離れてひとり歩きし、作中で使われていたニュアンスとはやや異なりながら、市民権を得ていった。
物議をかもした「∀ガンダム」
この「∀ガンダム」、ガンダムそのもののデザインがまた、大きく物議をかもしたことでも当時話題になった。
デザイナーは、エイリアンなどでよく知られる世界的デザイナーシド・ミード。そんなミードデザインのガンダム、どんなものが仕上がるのかと思えば、ガンダムの記号のひとつである、額のV字アンテナ、これを口元部分に移動させ、まるで「ヒゲ」のように見える、あまりにも斬新すぎるデザイン。
それこそこのデザインそのものが「黒歴史」になりかねない雰囲気だったかもしれないが、実際にアニメで動いていたりガンプラになった姿を見ると、「意外とカッコいい」に評価も変わっていった。
作品自体はストーリー、キャラクター、音楽などそれぞれのクオリティも高く、作品のファンも多い。挿入曲「月の繭」とともにメインキャラクターたちのその後が描かれていくラストシーンの美しさもとても印象的。
さらに、2014年から放送されたテレビシリーズ『Gのレコンギスタ』は、本作の500年後の世界だというビックリ設定が、『Gレコ』終了後、富野総監督の発言によって明らかになった。
もちろん、「黒歴史」扱いされたことでこれまでのガンダム作品が過去の遺物になったわけだもなく、現在に至っていることは言うまでもない。
黒歴史、黒歴史と言ってるうちに、自分の黒歴史についても考えてしまったりして。
(太田サトル)
※イメージ画像はamazonよりHGCC 1/144 ターンエーガンダム (ターンエーガンダム)