先日、横浜のラブホテルで元レースクイーンの女性とともに覚醒剤取締法違反で逮捕された高知東生。昨年の秋に芸能界を引退し、妻の高島礼子の父を介護しているという報道が流れていただけに驚きの一言である。

高知が有名になった当時もうさん臭いイメージがあり、その決定打となったのが東急電鉄による芸名使用差し止め訴訟だ。

当時の芸名は「高知東急」で「たかちのぼる」


高知が俳優デビューしたのは1993年、28歳の時である。この時の芸名は「高知東急(たかちのぼる)」。俳優としては遅いデビューで、高知県出身であることから「急いで東(京)に登れ」という意味でこの芸名に。
しかし、高知の名が世間に知れはじめた1996年、芸名をめぐって騒動となった。

東急グループが高知東急を民事訴訟で訴える!


96年、「高知東急」の名に対して、東急電鉄が芸名使用差し止めを求める訴えを起こしたのである。
その理由は以下の通り。「東急」の部分はどう考えても「とうきゅう」としか読めない。
そのため、東急が高知県内に進出したというような印象を与える、「高知東急」が東急グループと密接な関係があると勘違いされるおそれがある、というものだった。

高知側も「東急グループが主張する『東急』の読みが『とうきゅう』であるのに対し、『高知東急』の読みは『たかちのぼる』であるから、両者は同一ではないし、類似もしていない」と真っ向から対立した。

敗訴して「高知東生」へと改名


東急電鉄と高知の主張は互いにぶつかり合ったが、1998年に東京地裁が判決を下す。東急電鉄の訴えを認めて、「高知東急」の芸名使用は差し止めるという内容であった。
裁判所は判決理由として、「東急は『とうきゅう』としか読みようがなく、『のぼる』は被告(高知)が独自につけているに過ぎない。常にひらがなで表記されるわけではないことからすれば、非類似であるとは言い切れない」などを挙げている。


高知側は控訴せず、読み方はそのままにして「高知東生」と改名。「東生」は「東京で生きる」という意味だと説明している。

そして翌1999年に高島礼子と結婚。それ以降は「格差婚」などと揶揄されながらも俳優活動を続けていたが、芸能界引退後すぐの今回の逮捕という流れに。
名前が売れた頃のうさん臭いイメージを払拭したかに見えた矢先に起きた今回の逮捕。果たして今後、再びついてしまった悪いイメージを払拭することはできるだろうか。


※イメージ画像はamazonより実録 鯨道 8 瀬戸内戦争「道後白昼市街戦」矢嶋長次 [レンタル落ち]