2016年、世は相撲ブーム。
本場所は連日満員御礼で、イケメンや個性派の力士たちに相撲女子たちの黄色い声援が飛び、ついこの間八百長問題で存亡の危機と言われていたのが嘘のような活況である。


666日連続の満員御礼 「若貴ブーム」時代の熱狂


しかし、そんな今の状況も90年代「若貴ブーム」の異常なほどの熱狂からすれば、まだまだ静かなもの。
2015年は合計90日の本場所期間中、86日が満員御礼だったが、若貴ブームのときは実に666日間連続で満員御礼が続いたのだから桁が違う。

この満員御礼記録が始まったのは1980年代最後の本場所である1989年11月場所。
このときの横綱は、「小さな大横綱」千代の富士、その弟弟子で現理事長の北勝海、そして大乃国という、全員が北海道出身の3横綱時代である。
1988年3月に初土俵を踏んだ貴花田(のちの貴乃花)はまだこの場所は十両に上がったばかり。その兄の若花田(のちの若乃花)は、弟に先を越されながらも、若貴の因縁のライバル曙とともに幕下上位で着々と関取の座を狙っていた。

上位陣を恐怖に陥れた安芸乃島


1990年に入り、千代の富士の力に若干の衰えが見られると、大関旭富士が夏、名古屋と二場所連続で優勝し横綱に昇進し4横綱体制に。
結果的に千代の富士最後の優勝となった1990年九州場所からは、貴花田、若花田、曙がそろって幕内で活躍するようになった。
しかしこの頃、上位陣を恐怖に陥れていたのは何と言っても安芸乃島。若貴の兄弟子で当時の藤島部屋初の関取であった安芸乃島は、上位力士に滅法強く、この年だけで金星5つ殊勲賞3回の荒稼ぎをした(ちなみに引退までに金星16個、殊勲賞7回)。

千代の富士が引退 群雄割拠に


そして1991年の夏場所、休場明けの千代の富士は初日に貴花田に敗れ、3日目にも貴闘力に敗れると引退を表明。記者会見では、涙をこらえながら「体力の限界、気力もなくなり引退する」と語った。
大横綱が土俵を去ったこの年に、同じ横綱の大乃国も引退。他の2人の横綱も休場がちで、6場所全て優勝力士が異なる(北勝海、旭富士、霧島、小錦、琴錦、琴富士)群雄割拠の時代となった。

この年には小兵力士の星として「技のデパート」舞の海が新入幕。
170cmそこそこの身体で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで上がってきていた巨漢曙を「三所攻め」で破るなど活躍した。

世代交代の大波が飲み込んだ1992年


1992年になると、旭富士、北勝海が相次いで引退。1年前には4人いた横綱があっという間に不在になるという状況下、貴花田、曙がそれぞれ2回ずつ優勝。
曙はこの年若貴に先んじて大関に昇進し、霧島が大関から陥落。世代交代の大波が完全に旧世代を飲み込んだのがこの年であった。
当時、元大関貴ノ花の藤島部屋が進境著しく、若貴、安芸乃島に加え貴闘力、貴ノ浪なども上位で活躍し旋風を巻き起こした一方、曙に続けとばかりにハワイ出身の武蔵丸もいっきに三役まで上がってきた。

しかし、この年の相撲界最大の話題といえば、何と言っても貴花田と宮沢りえの婚約である。
手をつないだ婚約会見は世間をあっと言わせ、誰もがその意外性と話題性に驚いたのだった。

1993年 若貴vsハワイ勢の本格的幕開け


1993年は、いきなり初場所で曙の横綱昇進、貴花田の大関昇進・貴ノ花への改名、そして貴・りえの破局で始まった。わずか2ヶ月での婚約解消はワイドショーの格好のネタとなり、連日報道が続く事態となった。
そんな状況でむかえた春場所、それまで体が小さく、曙と貴乃花の二人に先を越されてきた「お兄ちゃん」若花田が初優勝し若ノ花に改名。夏場所は曙・貴ノ花の相星決戦で貴ノ花優勝、名古屋場所は曙・貴ノ花・若ノ花が相星で並び巴戦での優勝決定戦となるなど激戦は続き、秋場所、九州場所は曙が優勝し三連覇。
九州では曙-武蔵丸の優勝決定戦となり、この後しばらく続く若貴vsハワイ勢の本格的幕開けがまさにこの年であった。
一方でこの年小錦が39場所つとめた大関の座から陥落。
晩年は怪我で思ったような相撲がとれない状況が続いたが、大関陥落後も引退まで23場所幕内で相撲を取り続けた。

1994年、貴ノ花が横綱昇進


1994年は初場所で好成績をあげた武蔵丸と貴ノ浪が大関昇進。前年は曙に圧倒された貴ノ花だったが、この年は6場所中4場所で優勝。最後の2場所は連続全勝優勝で、曙から1年半遅れながら横綱昇進を果たした。
貴ノ花が黄金時代の到来を告げる活躍を見せる一方で、元婚約者の宮沢りえはバッシング報道に苦しんでいたが、この年には、それを逆手に取ったチューハイCMのフレーズ「すったもんだがありました」で流行語大賞を受賞した。
千代の富士を含む4横綱の時代からわずか3年。
世代交代はあっという間に進み、横綱、大関の顔ぶれはここで全員入れ替わったのだった。

ちなみに今から4年前2012年の初場所と今場所(2016年名古屋場所)を比べると、横綱大関の顔ぶれはあまり変わっていない。白鵬も日馬富士も鶴竜も稀勢の里も琴奨菊もすでに横綱・大関の地位にいた。

現在は相撲ブームとは言われているが、心配なのはなかなか世代交代と言えるような新しい波がきていないことである。若貴時代のように勢い良く番付を駆け上がる二十代前半の若手力士の登場を期待したい。
(前川ヤスタカ)

※イメージ画像はamazonよりNHKスペシャル横綱 千代の富士 前人未到1045勝の記録 [DVD]