「親バカ」でなかったら、完ぺき主義者で知られる名匠フランシス・フォード・コッポラが『ゴッドファーザー』において、アル・パチーノ、ダイアン・キートン、タリア・シャイアなど、名優揃いのメインキャストの中に、大根役者の娘を放り込むでしょうか?
このような例を待たずしても、親バカとは才人の思考を狂わすほどの病理なのです。昭和を代表するコメディアン・なべおさみも、その一人でした。
3浪中の長男のことで、悩んでいたなべおさみ
1990年の暮れ。なべおさみは悩んでいました。あまりにデキのワルい長男に対してです。高い学費を支払い、初等科から成城学園に通わせたにも関わらず、高校3年時に留年。その後も成績不振が続き、成城大学への内部進学も叶いません。他大学への受験も失敗し、気付けば留年も入れると都合3浪……。
困り果てていたところに、助け舟がやってきます。新宿コマ劇場の楽屋にいたなべの元に、一人の紳士が訪ねてきたのです。
初対面のその男は、明大のOBだといいます。同じ母校ということですぐに意気投合。話は弾み、世間話の延長線上で息子の不遇をポロリと口にしたなべ。
なべやかんの明治大学第二商学部の合格通知に喜ぶも……
年明けにその男から「推薦だからどこの学部にするかは、こちらに任せて欲しい。全学部の願書と受験料を用意して欲しい」との連絡が入ります。なべは言われた通り、受験書類と受験料合計18万円を渡しました。
するとほどなくして、明治大学第二商学部の合格通知が届きます。長らく溜め込んでいた心の重りが取れた瞬間。なべは我がことのように息子の果報を喜び、赤飯まで炊いたといいます。
以上が、事件の当事者・なべおさみ本人が会見場で語った内容です。初対面なのに裏口入学の斡旋をする人の良い紳士なんているはずないだろ! とマスコミから総ツッコミを受けたのは、いわずもがな。すぐに釈明会見を開くことになり、紳士は古くからの友人だったことが判明。「僕のために善意で動いてくれたんだと思います」と涙ながらに話しました。
20人以上が替え玉で合格していたことが判明した明治大
しかし、騒動はこれだけに留まりません。
これを遺憾とした明大の教授・栗本慎一郎氏が「大学の腐敗と学生の怠惰に抗議する」として辞任する事態にまで発展したのです。
当のなべも司会を務めていた『ルックルックこんにちは』を自粛することを表明。常日頃、ワイドショーなどで教育論者的立ち居地にて、言説を繰り返していた彼への風当たりは、予想以上に強いものでした。
そして替え玉入学出来なかったなべの長男はというと、その後、これまた父の明大人脈を伝い、同大学OBのビートたけしの軍団に入り、「なべやかん」という芸名でデビューしたのはご存知の通り。以降は、芸人兼パワーリフティングの世界的競技者として、その才能を開花させていきます。 きっと、「替え玉でしか大学に入れないような七光り」と揶揄された悔しさをばねに、努力を重ねてきた結果なのでしょう。
(こじへい)
※イメージ画像はamazonより昭和の怪物 裏も表も芸能界