理屈は単純。最前線にいるFWよりも、自分の後ろにGK(ゴールキーパー)しかいないDFの方が、敵にボールを奪われた時、失点に繋がるリスクは高まるのですから。
そんな素人でも分かるレベルのサッカー論、当然、代表に選ばれるような超一流選手が知らないわけありません。嫌というほど幼少期から教え込まれてきたはずです。
しかし、プレッシャーのかかる試合中に、実践できるかどうかは別の話。時にチームの命運がかかるような大一番でとんでもないミスを犯してしまうこともあるのだから、プロスポーツの世界は難しいものです。
リオ五輪・男子サッカーで生まれた、藤春廣輝のオウンゴール
8月8日。リオデジャネイロの地で、男子サッカー日本代表がコロンビア代表と戦いました。1点奪われた直後の65分。起きてはならない“事故”は起こります。
オーバーエイジ枠で召集されたJリーグ・ガンバ大阪のDF、藤春廣輝がオウンゴールを決めてしまったのです。第1戦のナイジェリア戦に敗れて、どうしても勝たなければならない試合でのまさかの失点。しかも、簡単にクリアすれば済んでいたイージーなこぼれ球を、何故か右足でゴールに押し込むという、信じ難いミスでした。
「藤春からエスコ春に改名しろ」というコメントも
その後、浅野拓磨、中島翔哉のゴールで何とか同点に追いつき、決勝トーナメント出場に望みをつないだものの、不甲斐ない守備を披露した27歳にネット上では非難が集中。「若手の足を引っ張るな」「藤春をフリーにした日本のミス」「力の抜けた、いいシュートだった」「しくじり先生出演決定」など、多彩な切り口から批判されていました。
その中で特に目立ったのが「藤春からエスコ春に改名しろ」というコメント。エスコ春(=エスコバル)とは、何か? ライトなサッカーファンは、ご存じないことでしょう。
エスコバルは、かつてサッカーコロンビア代表のキャプテンを務めた名DFです。彼は、今回の藤春同様、大事な国際試合でオウンゴールを計上したことが原因で、自国サポーターに射殺されてしまった悲劇の選手なのです。
1994年W杯で事件は起きた
1994 FIFAワールドカップ本大会。南米予選を圧倒的強さで勝ち進み、首位通過していたコロンビア代表は、優勝候補の一角と目されていました。けれども、初戦の1次ラウンド第1試合・ルーマニア戦を、1-3で落としてしまいます。迎えた第2戦。アメリカとの大一番で、その瞬間は訪れます。
コロンビア陣内深くで米代表の選手が上げた、一本のセンタリング。グラウンダー気味のボールで、先発出場していたエスコバルの方に向かって転がってきます。足を目一杯伸ばせば届く距離です。
「オウンゴールをありがとう」12発の弾丸を撃ち込まれる
期待されていたのにこの有様。コロンビア国民の失望は当然大きく、報復や批判を恐れた代表選手団は終戦直後の帰国を拒否しました。ただ一人を除いて……。
エスコバルは「自分はあのオウンゴールについてファンやマスコミに説明する義務がある」として母国へ。そして、94年7月2日の深夜、友人とバーで飲んだ帰りに暴漢から12発の弾丸を撃ち込まれ、射殺されてしまいます。犯人は「オウンゴールをありがとう」と述べた後に、引き金を引いたそうです。
犯行理由は「W杯を対象とした不法賭博の報復行為」とされているものの、いまだ事件の真相は分かっていません。大舞台での決定的ミス一つで、選手のキャリアに傷がつくことくらいなら、ままありますが、この一件はあまりにも悲劇的な「失策の代償」があった事例として、語り継がなくてはならないでしょう。
(こじへい)
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