先日も大ヒット中の『シン・ゴジラ』を劇場で観賞した直後、ある映画を観たくなった。『シン・ゴジラ』を手掛けた庵野秀明総監督の初実写監督作品『ラブ&ポップ』だ。
18年前の1998年1月に公開された本作は、女子高生の援助交際を題材とした村上龍の原作小説(『ラブ&ポップ トパーズ2』として96年発表)を映画化。庵野は初めて村上に会った時、映画に対する情熱や愛を語ることなく「デジタルビデオで撮影して、オールロケの低予算でできます」と淡々と企画提案をしてOKを貰ったという。
仲間由紀恵も出演 庵野秀明監督の『ラブ&ポップ』
98年の庵野秀明といえば、前年に劇場版が公開されたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で時代の寵児として君臨し、村上龍も『イン ザ・ミソスープ』や『オーディション』といった傑作小説を連発していた時期である。当時、庵野の出身校(といっても途中退学)の大阪芸術大学映像学科は、エヴァ効果で多くのアニメーター志望の受験者が殺到。公開直後の渋谷PARCO SPACE PART3は、『ラブ&ポップ』目当ての客でほぼ満席だった記憶がある。
渋谷を舞台にした本作の主演は、600名の中からオーディションで選ばれた三輪明日美、希良梨、工藤浩乃、仲間由紀恵の4名。「1997年7月19日、トパーズの指輪を手に入れようとする女子高生・吉井裕美(三輪明日美)が援助交際を通し様々な大人たちと出会う1日を追う」というシンプルなプロットだが、今観るとその内容は強烈だ。
『シン・ゴジラ』に共通する手法も
街を歩く女子高生にオヤジたちが群がり、名刺を差し出して、「一緒にしゃぶしゃぶ食べて5万円」とか「4人とカラオケで12万円」みたいな交渉をする。どこの国の話だよと思わず突っ込みたくなるが、19年前の日本の渋谷である。
もちろん、主人公の女子高生が自撮りするのはスマホではなく、フィルム式のコンパクトカメラ。劇中にもテレクラやら伝言ダイヤルの音声が流れ、「サチからベル入ってちょっと遅くなるみたい」「で、ピッチは没収」みたいな懐かしい会話が随所に登場。
さらに、盗撮とも思えるようなやたらとルーズソックスと生足を強調した際どいカットや、「吉井裕美の所持金総額93,400円 インペリアル・トパーズの代金128,000円 購入に必要な金額 あと34,600円」という渇いた状況説明の字幕も入り、まるで97年夏の記録映像を観ているかのような感覚にとらわれる。
圧倒的な情報量と会話量で世界観を構築する手法は『シン・ゴジラ』にも共通する庵野映画の特徴だ。
様々な中年男性がひっきりなしに登場
本作には一様に「まともな子」の女子高生に加え、様々な中年男性がひっきりなしに登場する。
主人公の父親は、鉄道模型で遊びながら「どうだ男の夢の結晶だぞ」と口にする危機感の欠片もないオジサン(森本レオ)。しゃぶしゃぶ食いながら「おまえら人の話を真剣に聞かないからダメなんだ」と説教かますオジサン(モロ師岡)。カラオケで懐かしのスピッツを熱唱しながら、女子高生にぶどうを食べて吐き出してくれとなんだかよく分からないリクエストをするオジサン(平田満)。ひとり7000円払うから部屋に来て自分の手料理を食べてくれと懇願するオジサン(吹越満)。5万円払うからコンビニとレンタルビデオ屋に一緒に来て欲しいと頼む、映画『北京原人』のTシャツを着たオジサン(手塚とおる)。
登場するオジサンたちは皆一様に挙動不審でよく喋る。どこにでもいそうでいないオジサンたちの姿は必死かつ滑稽で、今観るといまいちリアリティがなくて笑えてしまう。しかし、そのある意味ファンタジーの世界に突然現れるのが、リアルに怖い若き日の浅野忠信である。
圧倒的な説得力を持たせた当時24歳の浅野忠信
吉井裕美(三輪明日美)がトパーズの指輪を買うための援助交際の相手として選んだ男は、浅野演ずるキャプテンEOと名乗り、自分のぬいぐるみに話しかける青年(劇中ではキャプテンEOにはピー音、ぬいぐるみにはモザイクが入る)。
ラブホテルで突如キレたキャプテンEOはこの映画のテーマとも言えるべく台詞を叫ぶわけだが、当時24歳の浅野忠信が放つ、「普通に渋谷にいそうなキレやすい若者」をやらせたら右に出る者がいない存在感がこのシーンに圧倒的な説得力を持たしている。
ちなみに庵野監督はバスルームの三輪明日美にカメラを取り付け、密室で浅野と二人きりにして「まあ(三輪を)泣かせちゃってください」と注文を出していたという。
そして、ラストシーンでは三輪明日美が歌うヘタクソな『あの素晴らしい愛をもう一度』が流れる中、ドブ川のように汚れた渋谷川を4人の女子高生が並んで歩く。「平均寿命まで生きるとして、自分達はあと66年生きなくてはいけない」と嘆いた彼女たちが覚悟を決め、果てしなく続くドブ川を前を向いて歩く姿は観客に「絶望の次」を提示してくれた。
今となっては「仲間由紀恵のビキニ姿が見れる」とお宝雑誌で語られることの多い本作だが、90年代末の渋谷の雰囲気を味わえる世紀末疑似体験ムービーとしてもオススメだ。劇中に登場する女子高生たちは、2016年現在、30代後半の女性になっているのではないだろうか?
ちなみに『ラブ&ポップ』が上映されたPARCO SPACE PART3(現シネクイント)があった渋谷パルコは宇田川町地区の再開発に伴う建て替えが理由でこの夏から休業中。2019年秋の開業を目指すという。
(死亡遊戯)
『ラブ&ポップ』公開日1998年1月10日
監督:庵野秀明 出演:三輪明日美、希良梨、工藤浩乃、仲間由紀恵
キネマ懺悔ポイント:85点
ここだけの話、仲間由紀恵のビキニシーンは開始32分30秒あたりをチェックするといいらしい。
(参考資料)
村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ(文藝春秋)
ラブ&ポップ SR版 [DVD]